短編小説 「何もしなくていいから」



 あずさはくたくただった。ここのところイレギュラーな仕事が入り、メールをやりとりしたり、会議をしたりして夕方には全身が浮腫んでいると分かるくらい疲れていた。
 家に着いたらまず寝そべろうと思っていた。
「ただいま……」
 パンプスを脱ぎ、玄関に座り込む。あずさは疲れていた。出迎えの陽二の顔を見ることも出来ずにいた。陽二はあずさの隣に座るとそのまま胸に手を当ててきた。
「え?」
 あずさのシャツのボタンを外していく陽二の手元と顔を交互に見た。無表情といってよかった。ブラに包まれた両胸がはだけた時、あずさはやっと言葉を紡いだ。
「あの、私今日疲れてて」
「何もしなくていいから」
 陽二が胸に吸い付いてきた。何もしなくていいとはどういう事だろう。お風呂に入りたい。ゆっくり浸かりたかった。
 乳首を隙間から出して舌で転がす。あずさは不快な感覚に腹が立ってくる。
「お風呂に浸かりたいの」
 浮腫んだ足を見せるように動かした。陽二はお構いなしに自らのズボンをずらしている。
「いや!」
 陽二の胸元を押し返す。しかし陽二はびくともせずあずさの柔さを堪能している。終わるのを待つしかないのか。あずさは不同意のこの行為に力が抜けてしまったままぼんやりと考える。
「お風呂入りたい」
「俺は気にしない」
 あずさの陰部を指で撫でながら陽二はパンツを脱ぎ始める。
「ゆっくり浸かりたい」
「まぁ待てよ」
 疲れた体はもう動かない。あずさは両足を広げられた格好が滑稽でふふ、と声を出した。陽二の準備は万端である。やられる、と思った。ぽろりとあずさの瞳から涙が溢れる。やりたくない、と思いながらあずさは陽二に抱きついた。大きな背中にしがみついていると少し安心できた。涙が出てくる。どんどん出てくる。うっ、と声が漏れて陽二の肩に涙が染みを作る。
 疲れた体、オモチャみたいに頭を下げた会議室、昼ごはん食べたっけ?ぽろぽろと涙が出ては走馬灯のように昼間の事が思い浮かぶ。
 ふと陽二は動くのをやめ、あずさの頬の涙を指で拭った。
「泣くなよ」
 あずさが叱ったわけでもないのに困ったような顔をしている。涙は止まらないが終わるまで解放されないのだと思い陽二に抱きついて目を閉じた。
 お風呂なんてどうでも良くなった。ただ、陽二とは別々に生きているのだと思い知った。悪いとは思わない。ただ、孤独というものがあるならこれかもしれないと思った。陽二は昼間何があったのか終わったら聞いてみよう。何もしないままあずさは終わりを待った。

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