短編小説 愛を教えなかった女
心は目の前にいる愛すべき汚れた男を睨みつけた。鳴海は首を横に曲げ遠くをぼんやりと眺めている。反省しているようには見えなかった。ただ、この嫌な空気が流れている瞬間をやり過ごしているように見えた。
「言い訳くらい、してよ」
心はやっとの事で声を絞り出したが鳴海はどこか他人事だった。
「言い訳、しないよ。浮気というか……」
「向こうが本気だってこと?」
「いや……何というか。みんな同じというか」
「二股?」
心は問いながら鳴海の言葉を補ってあげている自分に情けなさを感じた。
「みんな本気というか、遊びというか」
言葉を選ぶ鳴海がふざけているようには見えなかった。だとしたら本気でこんなふざけた事を考えているという事になる。
「付き合うとか、恋人とかがわからない」
「それがいいかげんに付き合った理由なの?」
小学生のような言い訳を聞き、心は涙を浮かべた。いい加減に付き合われたのが心底悲しくなった。
「泣かないでよ」
「泣きたくもなるよ」
「傷付けたかったわけじゃないんだ」
鳴海は頭を掻きながらそっと心の頬に触れようとした。心は急いで距離を取る。
「あなたの浮気相手、私の友達だよ?」
しかし友達の彼氏とセックスできるなら友達とは言わないのかも知れず、心は溢れる涙を拭う。続けるには誰か、または全員を許さねばならず失うには大きな関係だった。
許せなかった。一番心を許した鳴海を一番許せなかった。
「友達だって知らなかったわけじゃ無いけど」
「私傷ついたよ」
「それは、ごめんて。責任取るよ」
「責任?」
気まずそうに鳴海は呟く。
「何でもする」
「何でも?」
心はこの男を許すため、何をして貰えばいいのか考えた。友達に酷い言葉でもかけてもらおうか、この男自身に謝罪をして貰えばいいのか。
しかし無理そうだった。心の中には憎しみや怒りが渦巻いている。
「動物みたい」
酷い事を言って憂さを晴らそうと思ったが、出した言葉の下品さに気分は更に悪くなっただけだった。
もはや維持したい関係など無くなってしまったのかもしれなかった。
「俺に本物の愛を教えてくれよ」
「は?」
見上げると鳴海が困った顔をしていた。困っているのは心のほうだと思った。
見つめ合い、心は鳴海の頬に手を当てた。捨てられた犬の様な目で鳴海は心を見る。心は男の頬を張ろうとして、寸前でやめた。
「さよなら」
心は鳴海一人に向かって微笑んだ。永遠に貰うだけの愛を探して歩き回ればいいと心は思った。
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