推し活翻訳17冊目。The Final Year、勝手に邦題「ぼくらはつばさ」
原題:The Final Year(Otter-Barry Books)
原作者:マット・グッドフェロウ 絵:ジョー・トッド・スタントン
勝手に邦題:ぼくらはつばさ
概要と感想
ネイトは10歳、5年生最後の週を迎えています。お母さんと、頭が良くて人気者の8歳の弟ジャックス、スパイダーマンが大好きな4歳の弟ディランの4人家族です。
ネイトのお父さんは、辛い過去から必死で逃れようとしていたお母さんを救ったのですが、17歳だったお母さんが妊娠したと知ると怖くなって姿を消しました。二人とも若すぎたから。キリストのように気品のある顔だったとお母さんは言います。長い黒髪に頬ひげを少し生やしたお父さんの写真は、こっそり見たことがあります。
大酒のみで暴力的なジャックスのお父さんは刑務所にぶちこまれ、ディランのお父さんはだれなのかわかりません。でも、近所のサンおばさんと、幼稚園のころからの親友PSは家族みたいなものです。
ネイトは、心の中に「ビースト」と名づけた黒い炎のような獣を抱えています。初めて心の外に現れたのは2年生の時。カウンセラーの力を借りて、ビーストをおさえこむ呼吸法を覚えるまで2年かかりましたが、いまはもう大丈夫。ちゃんと制御できています。
標準到達度試験のことも、中学校進学の前のあれこれも、ネイトは、それほど心配していませんでした。だって、幼稚園のころからずっと同じクラスの親友のPSが、そばにいてくれるのですから。
ところが、6年生のクラス分けで、2人は別のクラスになってしまいます。そして、PSは、こともあろうにいじめっ子のターナーと仲良くなって、一緒にネイトをからかいはじめます。混乱しつつも現実を受け入れようとするネイトを、さらなる困難が襲います。末っ子のディランが病院に運ばれたのです。
ディランの病状は重く、病院につきっきりのお母さんに代わって、これまで以上に弟の面倒や家のことに気を使わなければいけません。ディランは元気になるのだろうか、PSとは、どうつきあっていったらいいのだろう…ネイトの胸の奥でビーストがうごめき始めます。
☆ ★ ☆
優しくて、面倒見がよくて、いつもお母さんを助け、家族のことを気にかけるネイト。サッカーやゲームが好きで、いやなやつとは堂々とケンカもする負けず嫌いの男の子ですが、心に抱えたビーストをおさえつけるようにして生きる危うさが苦しい。
か弱さと同時に驚くような強さとしなやかさを持ち、ときに大人が思うよりずっと大人びた視線で物事をとらえるネイト。男の子は、みんなネイトのような複雑な繊細さを持っているのかもしれません。
担任のジョシュア先生が、最高です。弟の病気や親友とのトラブルに混乱するネイトをしっかりと受け止め、ネイトの言葉と文章に対する熱意や才能をみいだして、本当に必要な言葉をかけるのですが、ああしろ、こうしろというアドバイスではない。
子どもが、自分の力で、自分を見いだしていくのをそっと支える。作者のマット・グッドフェロウさんは教師の経歴もあるそうで、ご自分が目指す教師像を描いているのかもしれないと感じました。
最近は、YA作品でヴァースノベルをちょくちょく見かけるようになりましたが、小学生向けの作品は初めて読みました。詩は好きなのですが、たとえ日本語でもちょっとハードルが高いと感じてしまうことがあります。
でも、この作品は、そんな懸念を吹き飛ばしてくれました。ラップ調の詩もありますし、学校では習わない綴りが頻繁に出てくるにもかかわらず、すぐに作品世界に引き込まれ、あっという間に一気読み。散文作品より圧倒的にボリュームが小さいので、英語多読のラインナップにもおススメです。
それに、児童書でも、詩でなければ表現できないものがあるのだと、あらためて気づかせてくれた作品でもあります。余白、間、リズム、そして、スタントンさんによるキュートなイラストに、ぎゅっと心をつかまれっぱなし。湖水地方へのバス遠足のイラストがよかったなぁ。きっとなんども読みかえす作品です。邦訳への期待も高まります。
後半、デイヴィッド・アーモンドさんのSkellig(『肩胛骨は翼のなごり』東京創元社、山田順子さん訳)が、重要なキーワードとして出てきます。こちらもあわせて読むと、作品をよりいっそう楽しめるかと。
受賞歴:ブランフォード・ボウズ賞ショートリスト