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hidenobuoishi
掲載*酔客が酔客起こし十二月
岡田 耕
掲載誌:『俳句四季』1998年9月号 東京四季出版
〔新・作家訪問〕土生重次 「扉」主宰 ―きっかけは叔父への供養)
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私は俳句は平凡なものから非凡なものを発見する〈詩〉だと思っています。
非凡というのは、勿論、特殊なことを指しているのではありません。私達の多くは平凡な日常生活を送っているのですが、しかし、だからといって、今更、心を動かされるようなことは皆無かというと、そうではありません。
昨日吹いた風と今日の風は違う。昨日咲いた花と今日の花は違う。非凡を発見するということは、ほんの、ちょっとした「変化」に気付くことです。ですから平凡な日常生活から〈詩〉が発見できないと思うのは、ただそう思い込んでいるのにすぎないのです。
(土生重次)
(岡田 耕)
【スキ御礼】掲載*魂抜けのやうに紅褪せ曼珠沙華
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