噴水のある書店「須原屋」で買い物をした
「埼玉県に、噴水が設置された書店があるらしい」
そのような噂を耳にしてから早数ヶ月。去る8月中旬、ひと夏の思い出として訪れた「須原屋」の地下1階からは、本当に水が湧き出していた。
埼玉県さいたま市浦和区にある「須原屋」は、地下1階から地上4階、総じて5階にもなる立派な大型書店だ。WEBサイトによると、何と創業は明治9年(1876)。140年以上も昔から浦和の人々に愛されているらしい。
「須原屋」は一見すると単なる大きめの書店……といったところだが、特筆すべきは冒頭でも述べた通り、書店にも関わらず店内に噴水が設置されている点にある。以前よりSNS上で話題に挙がっていたため、既にご存知の方も多いのではないだろうか。
「噴水は本当にあるのか?」との疑問に即答してくれたかのように、入店した瞬間から水音がお出迎えしてくれた。音の出所は玄関のすぐ左側にある階段の下。誘われるままに階段を降りると、目下の手すり越しに噂のそれが現れた。
話題を集めていた噴水とご対面。デザインはごく単純で、噴水にとっての最優先事項「水を出す」という機能を最低限果たしているだけとも言える。水をたたえる池も簡素で、サイズ感も併さって銭湯の浴槽のような雰囲気を醸し出している。大型レジャー施設や大規模な公園の噴水のように、とてつもなく立派で魅了されてしまうような様相をしているわけではない。昭和のデパートの屋上風の落ち着いた空間、とでも言おうか。
……ついつい外見の話ばかり続けてしまったが、この書店に噴水が設置されている本質は、外見と別の部分にあるらしい。
なるほど、確かに店長が仰っていた通り、響き渡る水音の力は偉大だった。生の水音からは集中力を高めるホワイトノイズのような効果を感じられ、気分を落ち着かせながら本棚を眺めることができた。また、当時(8月中旬)の屋外の気温は35度近く、ただ立っているだけで命の危機を感じるほどの暑さだった。そのような過酷すぎる時期において、触覚だけでなく聴覚からも(もちろん視覚からも)涼をとれたことは何よりもありがたかった。噴水には感謝してもしきれない。
無論、噴水を確認しに来ただけの冷やかしで終わる訳もいくまい。入店記念に1冊だけ何か買って帰ろうと、改めて店内の本棚を物色した。
書籍の量とジャンルは多岐にわたる。ビジネス、資格、雑誌、漫画、画集、小説……。仮に寿命が1000年あったとしても、陳列された書籍を全て読み切れる気はしない。
ビジネス書は特に必要としていない。最近は特に取得予定の資格もない。欲しい雑誌は既に購入済み。買い揃えている漫画は大半を電子書籍に頼っており(見開きページを違和感なく楽しめるため)、あえて物理媒体で集めている作品の新刊はまだ出ていない。画集・設定資料集系の大判書籍は欲しいものだらけだが、出張中であるゆえに荷物が増えすぎるのは少々厳しい。買うなら小説で決まりだ。
尚も水音が響き続ける中、2~30分ほど悩みながら店内の1階をうろついた。居心地が良いだけについウィンドウショッピングが捗ってしまう。いつまでも眺めてばかりではキリがないので、ここは素直にプロの知恵を拝借しようと、店内の「おすすめ棚」で足を止めた。
様々な書籍の表紙が壁面に飾られている中、一際目を引いたのは『成瀬は天下を取りにいく』。本屋大賞受賞作として話題になり、各メディアで書評を聞く機会が多かった作品だ。
確かに、本書は以前から気になっていた作品だった。登場キャラクター、特に主人公が個性的で物語を牽引する力が強そうだ……と感じていたためだ。自分自身の文章創作中に「キャラクター造りの苦手さ」を痛感する機会が多く、濃そうなキャラクターが登場する小説を読めば何かインスピレーションを得られるのでは?との期待を抱いており、『成瀬〜』はうってつけの作品に思えてならなかった。
次に関心を抱いた小説は『地雷グリコ』。ジャンルはいわゆる「デスゲームもの」。即ち、何らかの理由で集められた人々が命懸けのアナログ系ゲーム(『地雷グリコ』の場合ではジャンケンの「グリコ」や「神経衰弱」等々)に参加させられ、主人公は知恵を駆使して切り抜ける……といったタイプのエンタメ作品だ。
この手のジャンルの作品にはあまり触れてこなかったが、noteを通じて知り合った読書家の皆様から熱烈にお薦めしていただいたこと、そしてライオンマスクさんa.k.a.獅子吼れお先生の『Q eND A』を読み、デスゲームものへの興味が湧いたことが、本書に気を惹かれた理由だ。自分では到底思い付かないような「遊び」を提示してくれる作品と作者への憧れは大きい。
どちらを買うか10分ほど悩んだ末に、レジまで運んでいった書籍はこちら。
『成瀬〜』で濃いキャラクターを味わいたい意思も捨てきれなかったが、今回は『地雷グリコ』に軍配が上がった。「究極の頭脳戦」、存分に楽しませて貰おう。
……と言った側から何だが、繁忙期や所要が重なっているため、ある程度落ち着く10月末になるまでは堪能できる時間が取れなさそうだ。改めて本書を読む頃にはきっと秋が訪れ、異常な暑さも影を潜めている(と願いたい)。そしてページをめくればきっと、地獄じみた猛暑の日々と、地味ながらも涼やかだった噴水と水音を思い出すだろう。
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