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#小説 記事まとめ

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#創作大賞2024

【小説】晴れた日の月曜日なんだけど 第5話(終)

5.トゥモロー・ノー・モア (Tomorrow No More , I don't want to think of next week)  あるマンションの一室で夫婦が言い争っていた。 「あんた。お茶碗やカップを集めて、何しているの?」 「四角形のマークを探してる」 「四角形?」 「ああ。霧滝のマークだ」 「霧滝? 霧滝って、あのお茶碗とかお皿の会社の? 四角形のマークは見たことないわよ」 「あの女が言ってたんだ。四角形って」 「あの女って、どこの女よ。あー。また、変なと

【短編小説】終便配達員

 バイト先のコンビニで一緒に働いている五十歳のおじさんは、半年前に突如深夜シフトに現れた僕と働くことを喜んでいるようだった。  バイトを始めて一ヶ月が過ぎたころ、好きな作家が同じだったから、二人で記念にホットスナックを食べた。  二ヶ月が過ぎたころ、僕が通っている大学を教えたら「立派だ」と言ってセブンスターを買ってくれた。  三ヶ月が過ぎたころ、もう会えない息子がいることを教えてくれた。会えない理由は教えてくれなかったけれど、僕に優しい理由はなんとなく分かった。  四ヶ月が過

短編小説:シンデレラ・お母ちゃん 〜捨てられない妻の遺品〜

 いやぁ、まさかねぇ、自分より先にお母ちゃんが死んじゃうなんて、思ってなかったんですよ。  うちは姉さん女房で、お母ちゃんの方が二つ歳上でしたけど。ほら、女の人の方が長生きでしょ。お母ちゃんもまさか自分が先に死ぬなんて、思ってなかったんじゃないかなぁ。私、酒飲みだし。  あ、上がって行ってください。狭いですけど。一周忌も終わって、この間ようやく家の中を少し片付けたんですよ。  いやぁ、暑いですね。まだ梅雨だっていうのに。  猫、大丈夫ですか、アレルギーとかあります?うち

【ショートショート】「心のウイルス世界大戦」

コロナウイルスのパンデミックが終息し、世界はようやく平穏を取り戻したかに見えた。しかし、新たな脅威が人々の生活を再び一変させるとは、誰も予想していなかった。 日本で最初に変化に気付いたのは、東京の小さなカフェで働く青年、信吾だった。ある日、信吾は店に来た客の注文を取ろうとして、彼女が何も言わないうちに「カプチーノを1つですね」と口走ってしまった。 「えっ?」と驚いた顔をする彼女。彼女の心の中では、「どうして私がカプチーノを頼むって分かったの?」という疑問が渦巻いていた。

クラクションは霧の中で 1話

(睦月十六歳 朔十一歳 零六歳)  兄の名前は睦月といい、弟の名前は零、私の名前は朔という。睦月、朔、零、という名前は別に三人合わせて一月一日零時の年の始め、と意図してつけられたわけではなく、単に兄は一月に生まれたから、私は一日に生まれたから、弟は零時ちょうどに足の先まですぽんと抜けたから、という至極安直な理由でそれぞれ名付けられた。  私たち三人はちょうど五つずつ歳が離れていたので私が五歳で零が生まれた時、五年後には妹が生まれてくるものだと(つまり子供というのは五年毎

【ショートショート】とどのつまり (1,995文字)

 いつものバーで、いつものように飲んでいたら、隣に若い男女がやってきた。二人はハイボールを頼み、最初はどうでもいい談笑をしていた。  ところが、突然、男の表情が変わり、事前に準備してきた様子で長々と演説をかまし始めた。盗み聞きは趣味じゃないけれど、その語り口があまりに熱を帯びていたので、つい、私は耳を傾けてしまった。 「思うに、スキって気持ちは幻想に違いないんです。もちろん、便宜上、スキという言葉で表現していることはあるけれど、本当はそうじゃない気がするんです。特に、スキ

マザー・グースの夜

 静かな夜。僕はいつものようにお気に入りのバイオリンを手に、街はずれにある小高い丘へと向かう。ピン、と張りつめた冷気が辺りに充ち、僕は、からだを大きくぶるっと震わせる。一つとして明かりのついた家はなく、それらはただその場にうずくまって、再び朝がやってくるのをじっと待ち続けている。見上げれば、煌めく満天の星。その一つ一つのかけらが次から次へと落っこちてきては、僕の額や頬にぶつかる。僕はそれをやわらかく払い除けながら、夜道を急ぐ。  月が出ている。真夜中の月。その上を、雌牛が、音

【ショートショート】そういう人 (2,388文字)

 高校二年生の優斗くんは昼休み、教室で音楽を聴こうとワイヤレスイヤホンを耳にはめた。いつも通りSpotifyのプレイリストを再生しようとしたところ、突然、女の声が流れた。 「あなたにお願いがあるの!」  内容はともかく、意図せぬ呼びかけにビクッとなって、優斗くんはイスから転がり落ちてしまった。まわりは驚き、大丈夫? と心配してくれた。  変に注目が集まってしまった。照れた様子で手を振って、何事もないとアピールした。それから、できるだけクールに立ち上がり、平然とした顔で座

短編小説「朝の約束」

朝日が昇る前、美咲は目を覚ました。時計はまだ5時30分を指している。窓の外は薄暗く、世界はまだ眠りの中にいるようだった。 彼女はそっとベッドから抜け出し、スリッパを履く。廊下を通り過ぎる時、隣の部屋から父の寝息が聞こえてきた。美咲は微笑む。父の朝は、いつも彼女より少し遅い。 台所に入ると、昨夜のコーヒーの香りがかすかに残っていた。美咲は新鮮な豆を挽き始める。その香りが徐々に広がり、眠気を吹き飛ばしていく。 コーヒーを入れながら、美咲は窓の外を見た。庭の木々が朝露に濡れ、東の空

小説「オツトメしましょ!」①

おつとめとは・・・  物の本によれば、『一般に、「勤め」の丁寧な表現である。』とされている。  だが、この四文字には、表裏善悪、いろいろな「用法」があるのである。    例えば、仏教用語ではいわゆる朝夕の勤行を「おつとめ」と表現する。だが一方で、禁固や懲役の期間のことも「おつとめ」と言う。  また、特別に安い商品を「おつとめ品」として陳列するし、長年連れ添った夫婦間において義務的に行う性行為を「おつとめ」と言い、江戸時代には遊女の揚げ代を「おつとめ」と表現した。  そし

死神を面接

「じゃぁさぁ、もう他にウソはない?言ってないこととか。全部、今なら考慮するから」 「いや、まだ少し…」 「まだ、あるの?」 「いや、他にないって聞いたじゃないですか」 「ウソがありすぎなんだよ!」  鷲見修二はドンと事務所の机を叩いた。その拍子で湯呑がひっくり返った。 「あぁああぁ、ったくもう、ティッシュ、ティッシュ」 「あ、はい」 「これ、ハンカチ、いいの?」 「どうぞ、使ってください」  阿久津正一は鷲見にハンカチを渡した。鷲見は遠慮なく、机にこぼれたお茶を拭いた。アツ

「ルビーのなみだ」

ロンドンの中心にある 小さなアパートメント。 ローズは携帯を見て 大きなため息をついた。 妹ルビーからのメールで スザナが、久しぶりに日本から 帰ってくるという。 スザナは、日本に渡って20年。 パパが倒れた時にも ロンドンに帰ってこなかった。 大好きなパパが倒れたのは 17年前。 10年介護して、他界した。 その間、次女のスザナは 二度ほど帰国しただけ。 ローズとルビーが必死になって ママを助けて、パパの介護に 奔走しているとき、スザナは 日本の大学の試験を受けて

ショートショート『窓際のパンケーキ』

『窓際のパンケーキ』  それは、ゆうきの大好きな小説。 いつの日か、 その舞台となった場所へ行ってみたい ゆうきは、そんな風に思っていた。 物語の世界だから、地名やお店の名前は まったく分からないし、もしかすると すべてが架空の話かもしれない。 だけど、それでいいと思った。 だって、その方が面白そうだから。 ゆうきは、 これから始まる想像の旅に  心おどらせた。 小説の舞台となっているのは、 山と海があり、緑が多い場所。 地図や旅行誌を読んで それっぽい場所をいく

小説 日輪 9

 紗季の最後の抗癌剤投与が終わり、翌週には嘔気も落ち着いてきた。週末、僕は午前中食料の買い出しにスーパーへ向かった。  途中の線路にかかる陸橋からは市街地が見渡せる。木造住宅と商業施設がひしめく街並みに背の高いビルがぽつぽつと点在していた。橋の先にある交差点の信号が赤に変わったため、車の流れはそこで停まった。助手席側の窓から外の景色を眺めると、県営住宅の屋上に人影が見えた。どうしてあんなところに人が立っているんだろう。不審に思いよく目を凝らしてみると、それは自分だった。遠く