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#小説 記事まとめ

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2024年1月の記事一覧

短編小説 | 枯れ枝と椿

 ミニストップに集まってはハロハロを食べた。そんな10代を過ごしていた。  遅く目覚めた朝に、白い遮光遮熱のカーテンが眩しいくらいに光っている日は、なぜだか気持ちの奥の方がじゅわっとする。  家にいてはいけない、そんな気がする。だから電車に乗って、車内の暖房と、窓からの日差しにあたためられながら、どこへ向かうともなく、どこかへ行こうと思った。  もしも電車で、自分の右隣に座る人を、自由に選べるとしたら、ダウンジャケットを着た男の人がいい。  黙ってスマートフォンを操作する

『コンプレックス』

 人間は、自分のことを語らずにはいられない生き物。自身の感情や過去の経験、不幸自慢やコンプレックス。それらの一つ一つが、たとえ壮絶でなくても、誰かに知ってほしい。感動的に伝える才能はないけれど、誰かに伝えたい。自分自身の内面を語らずにはいられないのは、それが抗いようのない人間の本能だからだと思う。  僕の人生の9割は、良くも悪くも兄に影響されている。両親よりも、兄が絶対的な存在で、それは今も昔も変わらない。話し方や価値観、趣味や服のセンス。兄が好きなものが好きだったし、兄が

俺を、昼に葬るな【前編】

 俺の身体にはウイルス型の時限爆弾がセットされている。正確には一定時間が経つと、身体の中ウイルスが体外に放出される。どんなウイルスかはわからない。きっと俺の体内にカプセルみたいなものが埋め込まれていて、それが時間経過で溶けだすんだろう。あと、十一時間しかない。  ウイルスが外に放出されると同時に俺は死ぬんだ。まだ彼女もいないのに。  芳野淳は部活もせず勉強に明け暮れた。やっと大学生になったばかりの頃、身体の中に異物感があったので、整形外科で診てもらった。 「芳野さん、ご両親

タクシー(掌編)

「あっ、これ、困るなあ! まるっきり逆なんじゃあないの?」 「ええっ。だってお客さん、鏑木町へってさっき」 「違う違う! おれが言ったのは葛城町! かつらぎ!」 「そんな、私何度も確認したじゃあないですか」 「聞き間違えたあんたが悪い! ここまでの分の料金は払わないからな!」 「勘弁してくださいよ、お客さん、それは困りますよ」  男はどん、と運転席の背中を蹴り、 「おれを誰だと思っていやがる! お前なんて、ウチの会社が本気出せば、こうだぞ!」  どん、どんと更に二回。それから

ロールド・オムレット・ストラータ(第1話)

■あらすじ心を病み、町に流れてきた僕は、町の住人に受け入れられ、新聞屋として新しい人生の一歩を踏み出した。行きつけの、ちょっと気になる女店主のハルさんがいる定食屋。ある雨の日、そこに集まった面々の中で騒動が持ち上がる。トシゾウさんが街の崖から出た石をゾウの骨だと疑わず、それを雨の中掘り起こしに行ってしまう。 フクロウは紙芝居屋で手品師。興業の準備で新聞屋である僕を探すが、トシゾウじいさんのゾウを巡る話に巻き込まれ、シンガーソングライターのカーディガンや定食屋のハルさんにゾウの

短編小説『屹立』

それは、中年の痩せた男が大木に背中を預け、立っている様な絵だった。何故"立っている"ではなく、立っている"様"なのかと言えば、その男が既に死んでいるからだ。 題名は『遺体』。 その男の胸にはナイフが深く突き刺さっており、そこから赤い筋が白いシャツの裾に向かって流れ、ズボンにまで伸びている。シャツの上に描かれた顔には絶望からの弛緩が見て取れた。静的だが、インパクトのある絵だ。嫌に生々しく、リアリティがある。まるで、本当にこの死体を見ながら描いた様だ。気になって題名の下にある名前

短篇小説【窓のない夜】

          1   ちびた鉛筆を最後まで使う為のキャップを、私はその時初めて見た。 シルバーの金具に小指の先位になった鉛筆が差し込まれている。 斜めに傾げたちゃぶ台の上、インスタントコーヒーの空き瓶の中に それが無造作に3本突っ込まれていた。 初めて寺岡泡人(ほうじん)のアパートに行った時、 暖房器具の一切無い冷え切った部屋で私は、 その寂しげに光るシルバーのキャップをずっと見詰めていた。 寺岡泡人は世間から忘れられた男だった。 90年代の終わりに3冊の詩集を出し、そ

小説 クリームのぜんぜん入ってないクリームパン

 買ってきたクリームパンのクリームが少ないのでがっかりしていると、 「増やしてあげようか」と妻。 「えっ?」  すると妻の「えいっ」という気合とともにクリームパンのクリームがもりもり増えていった。 「なっ、なに?」 「わたしにはクリームパンのクリームが少なかったときにクリームを増やすことのできる超能力があるんだよ」   度肝を抜かれる。まさかこんな身近なところに超能力者がいたなんて。これでいつでもたっぷりクリームのクリームパンが食べ放題だぞ、と喜んだのだのも束の間、ふと思い出

【短編小説】『地獄変』

フラッシュの猛烈な光に私はまばたきを繰り返す。目が開いている写真など一枚も撮れていないのではないかと疑いたくなるくらいだ。 「榊原さん、こちらも向いていただけますか?」 「榊原さん、もう少し笑っていただけますか?」 五十半ばのおばさんでも笑っていた方が見映えがいいのだろう。金屏風をバックに背筋を伸ばし、私はありったけの笑顔を向けたが少しも勝利を勝ち取った気分にはなれなかった。二十年前なら喉から手が出るほど欲しかった賞をいただいたというのに何も興奮は湧き上がらず、心は静か

発売目前! 大前粟生さん最新刊『チワワ・シンドローム』冒頭先行無料公開&先読み書店員さんのご感想をご紹介!

 大前粟生さんの最新刊『チワワ・シンドローム』がついに、2024年1月26日(金)に発売になります!  25歳、入社3年目・人事部の琴美は、新卒採用業務に苦心しているところ。マッチングアプリで知り合った新太とも良い感じ。ところがある〝奇妙な事件〟が起きて――。  『別冊文藝春秋』での連載からさらにパワーアップした物語、その冒頭と、先読み書店員さんのご感想をお届けします! 先読み書店員さんからも共感の声、続々! 第1章 チワワテロ  朝から複数のグループ面接をこなし、今