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悟の隣の席には「アリス様」が座っていた。 これは彼が名付けたものではなく、周りの生徒たちが名付けたものだ。 ブロンドヘアの長髪に、白い肌と青い瞳。 日本人の幼さと、妖精のような美しさを持った少女は、その容貌から「アリス様」と呼ばれていた。 どこかのお嬢様じゃないかと噂が囁かれるほどに、彼女からは品格がにじみ出ていて、少女らしからぬ落ち着きがあった。 それは入学式から生徒内で話題となり、その話題を悟は幼馴染の神木 慎之介と星野 恵から聞いていた。 悟は「僕
自分のホームであるnoteを活用すべく、執筆中の新作、長編小説をnoteに掲載していきます。完成前原稿ですので、大幅に変更する可能性もある──というか、書き換えます。音楽でいえばデモ音源(そんなかっこいいものではありませんが)みたいな文章です。ご興味があれば読んでください。 樋口直哉 プロローグ ふたりの大観 先生は傲岸不遜、みたいな言われ方をよくされますが、それに違和感があるんです。私にとってはすごくやさしい人でし
「ねえ、矢島。幼稚園のころにした約束、覚えてるよね。待ってるんだけど。」 授業が終わり、「うーん…」と伸びをしていたら、森下が教室にやって来て、おれの前に立ってこう言うから、とても驚いた。 幼稚園の頃?いきなり何だ。 よくわかんないけど、何で急にここに来て、怒ってるんだろう。 「何?幼稚園って……いきなり何の話…?」 「幼稚園の時だよ。大きくなったら、お嫁さんにしてくれるって言ったじゃん。待ってたけど、もう待てないよ。それっていつなの。」 友達が教壇の前で、にやにやし
「ねえ、いっつも何歌ってるの」 そう聞くと、彼女は決まってふふ、と笑う。嬉しそうに笑う。そしてまた歌い始めるのだ。 僕は彼女の歌が好きだ。内緒の話をするみたいな、その囁く声で僕はすうっと安心する。僕と彼女は小さな頃から一緒だった。幼稚園に入る前からずっと。彼女はいつも歌っていた。それが癖なのだと言う。楽しい感情が抑えられずに、ついつい口から形になって出てしまうのだ。 小学生になったばかりの頃、授業中に歌いだしてしまうことがあった。周りの子たちは笑い、彼女は顔を真っ赤にし
10年も経てば東京の街は大きく変わる。 記憶を辿りながら交差点を左折してきょろきょろと見渡すが、記憶のある方向にしばらく歩いても あったはずのギャラリーはもうその名残すらない。私の記憶違い?いや、もしかしたらギャラリーではなく内装や表向きを変えて別の用途に使われ始めただけなのか。 それともあれは、夢だったのだろうか。 ◈ 海月、と書いてクラゲ、と読むのだ、と知ったのは恥ずかしながら24の夏の終わりだった。 もう9月だというのに日曜午後4時のアスファルトは容赦なく熱をこ
紅葉の季節を終えた12月の植物園は、葉を落としてしまった裸木がいくつも立ち並び、春や夏に比べて、少し枯れ色をしていた。コートを着込み、マフラーをぐるぐる巻きにして、小橋と並んで歩いた。 「冬の植物園というのも、なかなか乙なものですな」 小橋の言葉に、私も「そうですなぁ」と言った。 「渡り鳥の池はあっちらしい」 小橋が指さしたほうを私も見た。珍しく晴れた冬空はぴりっとした寒さで、私はあらためて「ああ、小橋と二人で出かけてるんだ」と実感した。 🐤 三時を過ぎた大学の学
----正直、自分がこんな騒がしい場所を訪れる日が来るなんて夢にも思わなかった。 宙空に漂い都会を俯瞰しながら、花子さんはひとり心の中で呟く。 目線を動かせば、見渡す限りの細長い建物……建物。そのどれもが天に届かんばかりの勢いで地面から生えている。自分が慣れ親しんだ校舎の平べったく横長い印象とは正反対。 狭い土地を奪い合い、広さで競えないから高さで相手に勝ろうとしている壮大な比べっこが展開されているような印象がある。 その隙間を人が埋め尽くし、歩行に合わせて