藤ゆら

小説や日記などをつらつらと書いています。本、音楽大好きです。 好きな作家は安部公房、好きなバンドはゆらゆら帝国です。

藤ゆら

小説や日記などをつらつらと書いています。本、音楽大好きです。 好きな作家は安部公房、好きなバンドはゆらゆら帝国です。

最近の記事

【短編小説】氷 -2023年の終わりに- 4(終)

最後の日がもう少しで終わる。12月31日、空は取り残されたような紫色。それはどんどん黒く焦げて変色してきている。変わらず明日は来るだろうけれど、僕はこのまま今日に取り残されてしまうんじゃないかという不安を抱いていた。再び僕は自分を喪失し、抜け殻のような有様で新しい年を迎えるのだろうか。それを何度も繰り返し、いつしか僕は燃え尽きてあの夜のような暗闇に消えてしまうのだろうか? サトミの影が激しく揺れる。彼女は僕の胸の内を飛び回り、僕ら6年間の記録を引き出しからぶちまけた。僕はま

    • 【日記】2024/2/4

      syrup16g 「(I'm not) by you」 27歳ってどんな感じ? あんまりない休日。眠れなくても遅く起きても問題なくらい時間がある。そんな時、一人だと何をしていいかわからない。やりたいことはいっぱいあるはずなのに、何もする気になれない。ずるずると気分は落ちていって、こんなに狭い部屋の隅の隅で動けない。食欲もない。せっかく買った本も積みっぱなし。おまけに今日は天気があんまりよくなくて、そのせいか体調もよくない。 なんとか気を紛らわそうと、この文章を書いている

      • 【短編小説】氷 -2023年の終わりに- 3

        12月31日。今年最後の日。昨日までの体調不良が嘘のようだった。頭は冷たく冴え、体は埃のように軽い。自虐的な冗談を思いつく余裕もある。ドロドロと皮膚の下を這っていた、色の判別ができない感情はすっかり消えていた。残ったのは澄んだ寂しさだけで、僕はより一層の疎外を感じていた。もう必要はないのに、僕はまた氷を一つ口に入れた。心地よい緊張がすうっと染み渡る。まだ朝の8時。今日は何をすればいいのだろう。 カーテンを開ける。穏やかな光の線と僕は交差する。空は今日も青かった。そのまま窓を

        • 【短編小説】氷 -2023年の終わりに- 2

          12月30日午前。体調は前日とあまり変わりない。一方で天気は僕を置き去りにするように清々しい青空が広がっていた。カーテンの隙間から光の束が差し込んでいる。僕はスポーツドリンクと食糧を買いにコンビニへ行った。その帰りのたった数十メートルで、僕はこのまま消えてしまうんじゃないかという不安に襲われた。雲一つない澄んだ空が、まるでこの年を清算しようとしているみたいだった。年末、すべての役目を一時的に肩から下ろし、帰路へつく人々の安堵とささやかな幸福を映し、祝福しているような青空。なん

          氷 -2023年の終わりに- 1

          今年はどんな一年だっただろうか。そして、来年はどんな一年にしたいだろうか。 2023年の1月1日からもう少しで365日が過ぎようとしている。あっという間だと感じるだろうか。僕について言えば、一瞬で過ぎ去ったという実感はない。不眠症に悩まされた自分にとってはむしろ逆かもしれない。焦燥に背中を撫でられるような暗闇に僕は毎夜さらされてきた。それはあまりにも長かった。大学を卒業し、働き始めて5年目にして仕事量やら対人関係やらでストレスは許容範囲の線を踏み潰した。どうやらいろいろと限

          氷 -2023年の終わりに- 1

          【短編小説】凍った眼鏡 1

          よく来る定食屋には異様な雰囲気が漂っていた。僕はそれを一人で全身に浴びている。 仕事終わりに寄ってもだいたい客のいないこの店は、今日も例にもれず僕のほかに誰もいなかった。その後に眼鏡をかけた女が一人来ただけだった。そして彼女は僕の心を怪しくかき乱し始めた。 彼女は着席すると同時に泣き出したのだ。その様子は引力のように僕を引っ張った。蛇口を閉め忘れた水道のように涙が流れる。声を出さずに彼女は泣き続けている。片言の日本語を話す四十代ほどの女店員は、客が狭い店内で引き起こす惨事

          【短編小説】凍った眼鏡 1

          【短編小説】抱負なんてすぐに忘れるから

          一月四日水曜日、今年最初のスーツ。波が押し寄せて引いていくみたいにあっけなく連休は終わってしまった。目を覚ましてから数十分の間、いくつため息が漏れ出ただろう。霧でにごった思考を通して、光で燃え尽きそうな外の世界を眺める。なんていい天気なんだろう。体内はすべての明かりを遮断し吸収してしまう。 まだ休みの人が多いのだろう。電車はがらんとしている。僕は座ってぼおっと窓の外を見ている。広告、たくさんの情報。人間や絵が笑い、取り囲むように文字が敷きつめられている。活字のひとつひとつが

          【短編小説】抱負なんてすぐに忘れるから

          【短編小説】迷子(後編)

          「ねえ、わたしのことどう思ってるの?」 唐突にアイは訊ねた。飲み込んだ空気が石に変わったように、僕は何も言えなくなる。 「もちろん、なんとも、っていうのはナシだからね」 「それはどういう意味での……」 池袋西口公園内の木々に取り付けられたイルミネーションが青色に光っている。深い海の底にいるようだった。海底でゆらゆらと影たちが揺れている。そのいくつかは所在なさげで、たぶん僕もその一つだった。青い光が自身を透過し、胸の中の何かが反射して輝いているのを僕はなんとなく隠そうとしている

          【短編小説】迷子(後編)

          【短編小説】迷子(前編)

          にぶい頭痛が夢の外へあふれ出し、僕はようやく目を覚ました。 見覚えのある天井が目の前にはなかった。頭上はどこまでも高く伸び、薄暗い雲までつながっていた。体を起こしてみると、固い棒で殴られたように全身に痛みが走る。僕が寝床にしていたのはところどころに雑草が生え凹凸のある地面だった。見渡すと木製の二人掛けのベンチ、花壇、赤や黄色に変わりつつある葉をゆらす木々、誰もいないブランコ、そして茂みの向こう、歩道を走っている人影。ここはどうやら公園らしい。僕はこの公園の中で一夜を明かした

          【短編小説】迷子(前編)

          【書籍化小説】顔のない顔(プロローグ)

           その日は午後から雨が降った。四月、何かが終わり、そして始まっていく不安と希望をにおわせ歩く人々を、雨は包み込んで静かに湿らせる。  顔をのぞかせていた太陽は、てっぺんに昇りきる前、雲に隠れ姿を消した。灰色に染まる世界、再び光が差し込むのを待っているようだった。  午前十時少し前、僕は家を出た。講義は昼からだから、それまで時間がある。  僕は近くの停留所から池袋行きのバスを待つ。前にはマスクをつけた女性が一人立っていた。花粉症なのかしきりに鼻をすすっている。彼女はまるで世界

          【書籍化小説】顔のない顔(プロローグ)

          【日記体小説】麻痺

          何も思いつかない。 文章の始まりっていうのはいつもどうやって書いたらいいかわからないんだ。 ましてや君にあてて書くものだから。 僕は元気でやってる、と思う。 もう九月になった。夏ももう終わりだね。君はどんな夏を過ごした? お盆は帰省できたかな。僕はできなかったよ。 それで、今君に手紙を書いているのは― それで、それで… 僕は何も書けない。頭の中に霧のようなものがかかって、僕はそこから言葉を見つけることができない。 ひどい風邪をひいた。熱が上がった。僕は数日間ベッドの上から

          【日記体小説】麻痺

          【短編小説】檸檬(ストロング)

          「えたいの知れない不吉な塊」 「何だって?」 「それが僕らの心を一日中押さえつけています」 後輩の柏木が酒に頬を赤らめて言う。弱いくせにジョッキを口に運ぶペースがいつも早い。 「一体何の話をしているんだ」 「いや、えたいは知れています。田上ですよ!あいつが生み出す不吉な塊が二トントラックみたいに僕らを踏み潰しているんですよ!」 田上とは僕らの部署の部長のことだ。無知で傲慢、邪知暴虐の王。今日も仕事終わりの柏木の愚痴が始まった。腕時計を見るとあと三十分ほどで終電の時間。明日も早

          【短編小説】檸檬(ストロング)

          【短編小説】夏の彼らの一生 5(終)

          ジー、ジー……と頭の中で死にかけのセミの声が聞こえる。聞こえ続ける。それは夜になると激しくなる。僕は眠れない。目をつぶっていると、体がだんだん暗闇に溶けだして自分と呼べる部分が減っていく感覚がしてくる。そしていつの間にか僕は、ジーという音そのものになって、無限に続くような夜の底をはいつくばっていた。太陽に置いてきぼりにされた昼間の熱が僕の部屋を漂い、不気味な音を発する僕にまとわりついてくる。 僕は覚醒し、意識はどこまでも鋭くなっていく。それは僕のクミについての記憶に深く突き

          【短編小説】夏の彼らの一生 5(終)

          【短編小説】夏の彼らの一生 4

          またこの季節がやってきた。しゅわしゅわと沸騰したラムネが耳に注がれるような音。自分の存在をこれでもかと叫ぶ声。やかましくて腹が立つ反面、ほとばしる自信のような圧力をうらやましくも思う。セミにそんなことを感じるなんてバカバカしい。 部屋を漂う穏やかさに眠気を任せ、僕は再び目を閉じる。彼らの合唱がひっきりなしに聞こえる。やはりどうしても音の波に睡魔は蹴散らされ、意識は鉛筆の芯のように鋭くはっきりしてくる。眠るのを諦め、横になったまま深呼吸をする。一匹ずつほんの少し異なるセミの鳴き

          【短編小説】夏の彼らの一生 4

          【短編小説】夏の彼らの一生 3

          「私、こうやって家族以外の誰かに誕生日を祝ってもらうのって初めてなの」 クミは赤ワインの入ったグラスを口元に運ぶ。 「なんだか恥ずかしくて。それに、自分なんかのために時間を使わせているような気分になって、申し訳ないし、こうしてご馳走してくれるのも、私にはそんな価値ないんじゃないかって」 頬はうっすらと赤く果実のようで、長いまつ毛の奥の瞳は湿っているように見える。いつも透き通ったガラスのような声が、今は震えている。僕は箸を止めた。 「ありがとう」 彼女は噛みしめるように言った。

          【短編小説】夏の彼らの一生 3

          【短編小説】夏の彼らの一生 2

          「何やってるの?」 僕はそれに曖昧な返事をする。 「あっ、さては変なもの見てるんでしょう」 声を急角度に吊り上げ、クミは僕が向かっているパソコンの画面に首を伸ばしてくる。咄嗟に僕は腕を振り上げて彼女の視界を遮ろうとした。火花が飛び散るように体が熱くなるのを感じた。 画面には文字がびっしりと並んでいる。登場人物「僕」と「君」がそこかしこに配置され、砂浜で海を眺める二人の会話が記念碑のように記されている。彼らがこれからどうなっていくのか、運命を握っているのは僕だ。この先、たぶん僕

          【短編小説】夏の彼らの一生 2