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【短編】『彼への花言葉』

彼への花言葉


 私は駅の近くの花屋を経営している中年の男性店員です。花屋というと、これまで数多くのストーリーが語られてきましたが、私もいくつかの面白いエピソードを持っています。今回はその中でもとっておきのものをお話ししましょう。

 これは、私がまだ花屋で店員として修行をしていた頃の話です。私は当時花の知識は十分に身につけていたのですが、恥ずかしながら接客が大の苦手でした。人に花をアレンジすることが花屋としての務めであるはずが、性格上全くもってお客さんとお話をすることができなかったのです。しかし、私はあるお客さんと親密な関係になりました。親密というのも特に仲良く話をするわけでなく、ただ毎回花屋に来るたびに顔を合わせているのです。顔馴染みと言う方が正しいかも知れません。しかし、当時の気弱な私にとっては、とても嬉しいことでした。

 そのお客さんは若い女性の方でとても美しい方でした。初めて彼女が花屋に訪れた際に、とても小さな声で

「恋人に送る花を探しています」

と私に言いました。私も小声で「はい。」と答えて、すぐに花を選びました。

「こちらああ、センニチコウと言いましてええ、変わらぬ愛いい、永遠の愛という意味がありますう。」

と少しどもり気味で説明をして鮮やかな紫に染まったセンニチコウを手渡しました。彼女は私の話し方を特に嫌がることもなく、花を見てとても気に入った様子でした。お会計を済ませ彼女は恋人の元へと帰っていきました。

 だいぶ月日が経った頃の話です。再び彼女は現れました。少しもの寂しそうな顔つきでしたが、センニチコウを見て初めて来店された時のように目を輝かせていました。そして、彼女は同じセンニチコウを買い上げ、去っていきました。翌月のことです。再び彼女はお店に現れたのです。花屋には、大の花好きか、ロマンチストの男性でない限り、こう何度も来るものではないのです。何かあったのかと思い、彼女の花を見つめる表情をひっそり見ていると、あることが頭に浮かびました。そして、それはとても不幸なことでした。もしかすると、彼女の恋人が不慮の事故にあってしまい、その恋人のために花を買ってからお見舞いに行くのだろうと思ったのです。しかし、仮にそれが本当だとしたら彼女が気の毒だと思い、尚更のこと花を買う理由を聞くことはできませんでした。その後、おおよそ私の推測は当たっているようで、毎月彼女は現れセンニチコウを買っていきました。私は徐々に彼女と顔馴染みになっていき、いつしか彼女が来るのを楽しみにしている自分がいることに気づきました。しかし、いまだにしっかりとお話をする機会はなく、花を買う明確な理由も聞けずじまいでした。

 翌月、彼女は現れませんでした。私は寂しさを覚えましたが、恋人の容態が良くなったのかと思い、むしろ喜ばしいことのように思えました。その後、大変珍しい出来事があったのです。翌月、もう彼女と会うことはないだろうと、日々の業務に努めていると、とある男性がお店に訪れたのです。その男性はどことなく以前頻繁にお店に来ていた若い女性と雰囲気が似ていて、親しみを感じたのを覚えています。そして、間近で顔を見ると実に彼女そっくりでした。そして、その男性がセンニチコウを手にとって私は確信しました。彼女のお兄さんが代わりに花を買いに来ていたのです。お兄さんはとても物静かで顔も性格もお姉さんにそっくりでした。それと同時に、彼女の恋人の容態がまだ良くなっていないことも知りました。

 それからのこと、お兄さんは翌月も、さらにその翌月も彼女の代わりに花を買いに来るようになったのです。そしてある日突然、彼女本人が花屋に訪れたのです。私は久々に彼女の顔を見ることができ何か込み上がってくるものを感じました。彼女は迷うことなくセンニチコウを手にとり会計をしようとした時、私に小声で言いました。

「恋人に感謝の気持ちを伝えたいのですが、追加で選んでもらえますか?」

私は、「はい。」と答えて、すぐに紫のセンニチコウに合う花を探しました。

「これはいかがでしょううう。カンパニュラと言いましてええ、感謝や切実な愛いい、思いを伝えるといううう意味合いがあります。」

彼女は「お願いします」と一言答え会計を済ませると、以前のように会釈をして恋人の元へと向かっていきました。

 それからというもの、彼女もあるいは彼女のお兄さんも一切花屋に現れなくなりました。私は、今度こそ恋人の方の容態が良くなり無事に退院されたのだと思い、微笑ましい気持ちになりました。しかし、今までは彼女がお店を訪れてはセンニチコウを買うことが月課となっていたこともあり、どこかもの寂しさが残りました。

だいぶ月日が経ち、私は毎日のように閉店間際になって店前の花を片付けていると、以前お店に来ていた彼女のお兄さんがちょうど目の前の通路を歩いているのを目撃しました。そして、隣には見知らぬ美男の方がいました。私は、妹さんは元気にしていますか?妹さんの恋人の方も元気ですか?とたくさんの質問をしたかったものの、ただの花屋の店員という立場から見守ることしかできませんでした。そんなことを思いながらもお兄さんの方を見ていると、どこかおかしな光景を目にしたのです。お兄さんは歩きながら左手で美男の方の右手を握り、するとお互いにニコリと笑うのです。私は、二人が店を通り過ぎてからふと、頭の中で点と点が繋がり、この半年間の出来事のピースが全て合わさったのです。私はすかさず店内に戻り、真っ赤に彩られたオハイアリイを束にし、そして中央に紫のセンニチコウを一輪添えてブーケを作りました。そして、お兄さんの後を小走りで追いかけ声をかけました。

「どうもおお、これ先日お渡しそびれたああお花です。もらってくださいいい。」

と言うと、お兄さんは少し驚いた様子でしたが、中央にある一輪のセンニチコウを見た途端に少し涙を浮かべたように見えました。そして、お兄さんはブーケに手を伸ばして私に小声で一言呟きました。

「ありがとうございます。」


最後まで読んでいただきありがとうございます!

今後もおもしろいストーリーを投稿していきますので、スキ・コメント・フォローなどを頂けますと、もっと夜更かししていきます✍️🦉

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