【私小説】春休み①─春のはじまり─
「はい、通知表」
桜の咲きはじめる春うららかな3月終わり。担任から私は通知表を渡された。
「ありがとうございます」
通知表を受け取り、私は見てみる。
いつもの通り、通知表は大体1か2だった。
特に、二年の三学期の通知表は酷い。
二学期も大体1か2はあったが、まれに3もあった。が、三学期の通知表は、みんな1か2である。無理もない。ろくに授業に出席していないうえに、テストの点も低いのだから、評価が低いのは当然である。
「ごめんなさい……」
「3年生になったら、また教室戻ってきてね。みんな、貴方が戻ってくるのを待っているわ」
少し残念そうに、担任は言った。
「はい……」
これしか言葉が出なかった。期待を裏切り続けてしまってもなお、こうして優しく接してくれるのがとても申し訳なく感じる。
「あ、もう3年生だから、高校のことも考えないとね」
シリアスな口調から一転、担任は明るい口調で私を励ました。
「ええ」
口答えするといろいろ言われそうだから、ひとまずここは同調しておくことにした。
「春休みだね」
帰り道で一緒に帰っていた多田くんがつぶやいた。
「そうだねぇ。もう3年になると考えると、本当に時の流れは残酷だよ。あと5年過ごせば20歳、そして15年過ごせば30歳。嫌だねぇ……」
不機嫌そうに三浦くんはそう吐き捨てたあと、大きなため息を一つついた。
「何そのお正月の歌みたいなノリ」
私は三浦くんの言ったことが、年末年始によくスーパーで流れてるお正月の歌みたいで少し笑えた。
凧揚げて、駒を回して遊びましょう。そんな感じで20代30代が過ぎていく。もっと分かりやすく言うなら、若い時期が物凄く早く過ぎていくということだ。1年1年と過ぎていって、気がついたら30代になっていた。そんな感じだ。それをお正月の歌に託つけて言っている辺りが秀逸だなと思った。
──ただで、終わるわけがないよね。
そんな悠長なノリで30歳以降も生きていけたらいいな。私はいつも、心の中で願っている。
中学3年生、高校受験、就職……。やるべきことはたくさんある。もちろん、何事も「大丈夫」で終わることは無いだろう。それに私は能力面で同世代の誰よりも劣っているから、傷つくこと、誰かを傷つけること、嫌なこと、できないことはたくさんあるだろう。絶対叶うはずのことではない願いだと分かっていても。
「まあまあ、あと5年あるんだしさ」
「お前『5年』の重みをわかってんのか!?」
「それは捉え方次第で!」
「年を取るごとに1年が短くなってるのにさ!!」
「わかったわかった」
悲観する三浦くんを、多田くんはなだめる。
この二人のやりとりを見ていて、私は笑ってしまった。特に意味もなく。
(こういうのって、いいよね)
やっぱり、この二人といる時が一番楽しい。無理なく自分でいられるから。
同時に、高校へ行ってもこんな友達ができるかな、と思った。高校へ行けば、何もかもが変わる。そんな中でも、こうして自分を受け入れてくれる誰かがいるとは限らない。
(今できるのは、一緒にいる時間を嚙みしめること。こういうのは先でいい)
先のわからぬ来年のことを考えるのはアホらしいので、考えるのを辞めた。
国道で三浦くんと別れたあと、多田くんと別れた。
「また明日」と言いかけたとき、何かを忘れていたかのように多田くんは、
「旅に出た君だからこそ、頼みたいことがある。お昼食べ終えたら、ちょっと家に来てくれないか?」
と言った。
「というのは?」
「健にしかできない頼みさ」
「わかった」
「じゃあ、待ってるよ」
多田くんは急ぎ足で、家へと帰っていった。
テレビを見ながら、私はお昼ごはんを食べていた。
画面の向こう側では、テレビのレポーターやタレントが、上野公園や墨堤のお花見特集、春特別企画の話題で盛り上がっている。
(東京か、懐かしいな……)
最期の旅にということで行った、東京への旅路が懐かしい。上野公園の桜は、かくもきれいなのか。
特に墨堤の桜には強く心を惹かれた。
(また行きたいな……)
そう思う。けれども、そうしたらあいつに止められる。もうできない。
「自分の夢には、敵が多すぎる」
親、学校、世間……。ただ「やりたいことをやる」という夢のために、たくさんの人間を敵にしなければいけない。
(でも、あのとき決めたんだ。『何がなんでもやり遂げる』って。今はそれをやるためにどうにか息を潜める時)
あいつが蒸発したりといったミラクルが起きるかもしれない。それまで自分の意思をとにかく圧し殺してやっていくしかない。まあ、そんな奇跡が起きるわけがないのは、私もわかっているけど。もし来なかったら、何がなんでも強行する。
食べ終わったあと、テレビの雑音をBGMにしながら、先ほど食べた昨日の余り物を洗った。
青い空と優しい春の陽ざしが降り注ぐ春休みの午後一時。
カメラを持ってきた私は、友達の多田くんの家に上がっていた。
「お待たせ」
二階から多田くんが降りてきた。肩には外出用の青いカバンをかけている。
「それで、やりたいことって?」
念のため私は聞いた。いつものように、マックかTSUTAYA行くのに付き合ってくれ、と言い出すのだろうと思いつつ。
多田くんはカバンから白い紙を取り出して、
「地図を書こうと思う」
といきなり言い出してきた。
「うん。って、何で地図書くの!?」
意外な回答に私は驚いた。地図ならばGoogleマップなどでいつでも見ることができるので、作る必要はないと感じたからだ。
「いや、最近天気いいから外出たいなって。それで、旅と聞いて健の顔が浮かんだから、誘った」
「なるほど!」
確かに、3月中旬の終わりから、陽ざしの心地い日が続いている。そう考えてみると、学校と家との往復、時々する買い物ぐらいしか外出しない彼も、外に出たくなるか。そう思った私は、
「じゃあ、行く?」
と返した。
「うん」
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