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文学ブティック 神保町一お洒落な古本屋さん

 もう始まっている本好きのためのハローウィンと言われる神保町の古本市。古本市と聞くと本好きの私のアンテナがピンと立つ。だけど私は古本屋ってのに偏見を持っていてなかなか古本屋にいけないのよね。だから古本市あんまり行ってないの。行ったとしてもちょっと寄ってそのまま通りすぎるだけ。本なんか一度も買ったことないよ。

 といっても別に古本自体は嫌いじゃない。古本には古本なりの良さがあるし、アンティークにだって出来る。目立つところに飾った昔の有名なイラストレーターが描いた表紙のちょっと煤けたいい感じの本。友達がそれを見て興味津々に何それなんて訪ねてくるシュチュエーションを想像してウッキウッキになるんだけど、でも古本屋のオヤジってのがダメで入るだけで陰気臭くなってすぐに店を出ちゃうの。

 全く古本屋のオヤジってどうしてあんなに陰気臭いんだろう。人が愛想よく笑ってあげてもうんともすんとも言わないし、お前口あんのかよ。もしかして歯がないから口開けないのかよ。なんて古本屋に入るたびに思ってた。もしかして本好きってみんなこんな陰気臭い人たちばかりなのかな。こんな奴らが『祈り』とか『深遠』とか『現代の救い』とか宣伝文句かいてんのかな。アンタたちみたいなカビオヤジがそんな宣伝文句考えてるところ想像したら私のパウダー塗りたくりのボディにまでカビが生えてくるわ。ほんとゾッとする。

 というわけで今年もなんとなく古本市を歩いていたの。いつものように本好きのカビオヤジを小ばかにしながら歩いてずっとコロン叩いてボディを守ってたの。私の周りにいるのは買ったんだろう本を両脇に抱えたカビオヤジ達。全くスメハラ、モラハラ、カビハラ!キモさで迷惑しかかけてない親父たち。アンタたちどんだけハラスメントしまくっているのよ。

「ああ!いつまでもこんな所にいたら全身がカビだらけになっちゃうよ!もう帰ろう!」

 思わず口に出てしまった言葉。それはレイシズム?違う!これはハラスメントに苦しめられた弱者の女性の命がけの抗議よ。私たちからキモいという言葉を奪わないで!さすがの私もビビッて立ち去ろうとした時、後ろから誰かが声をかけてきた。な、何よ!ホントのこと言っただけじゃない!アンタたちカビハラ野郎が世の女性に迷惑かけてることを最高裁に訴えたっていいのよ!どうせ結果はアンタたちカビハラ野郎の全面敗訴よ!

「待ってください。僕はあなたをカビハラ野郎たちから救いに来たんです」

 思いがけないイケメンボイスを聞いて振り向くとそこには英国紳士みたいなスーツを着た長身のイケメン。手に持っているのはなんとオスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』じゃない!文学好きでよかったってこんなに思ったのは初めて!文学好きじゃなかったらこのイケメンさんと話が合わないかもしれないもの。

「もしかしてあなたが手に持ってるの『ドリアン・グレイの肖像』?」

 ドキドキしながら声をかけた私。するとイケメンさんはオスカー・ワイルドみたいに物憂げな表情で答えるの。

「そうですよ。よく知ってますね。僕この近くで本屋を新しく始めたんです。店の名前は『文学ブティック』っいうんですがお時間あったらちょっと寄ってみてください。ウチの店、あなたのような文学好きの人みたいなお客さんにピッタリの本を揃えているんですよ」

 なんだかうまくハメられたような気分だ。でもこんなイケメンさんの勧誘に乗らないなんていくら何でもうぶすぎるしバカすぎる。そうよ乗っちゃえ!馬乗りになって乗ってしまえ!オスカー・ワイルドさんに店までエスコートされてジェーン・オースティンの小説の田舎娘のように緊張して店に入る私。ちょ、ちょっと待って私英国流のマナーなんて何も知らないのよ!

 店内はまるで十九世紀末の英国の屋敷の書斎のようでホントウットリしてしまう。これよ!私が古本屋に求めていたのは!この文学ブティックには日本の古本屋のようなただゴミの集積場みたいな不快さも、そしてあの悍ましいカビハラ親父もいない。代わりにあるのは英国紳士の書斎のようなエレガントな店内とそしてこのオスカー・ワイルドのようなイケメンさん!最高!最高だわ!もうこの店だけで充分よ!

「どうですかうちの店は。よかったら僕があなたにふさわしい本をセレクトしましょうか?」

「是非お願いします!私こう見えて……いえ実はイメージに寸分たがわず狂いはないんですけど文学好きでして、あなたのオスカー・ワイルドの英国文学をはじめフランスドイツ、それとロシアの十九世紀文学を殆ど読んでまして、そんな私にピッタリの本ってなんなんでしょうか?もしかして原語版とかおっしゃるんじゃないの。でも私外国語苦手だしう~んとぉ!」

 ふふっとワイルドさんはにこやかに微笑んで私をフランス文学のコーナーにエスコートする。何々もしかして私にスタンダールかフローベールでも勧める気?でも私スタンダールもフローベールも読んでいるのよ!だめよそんな危険な眼差し送っちゃ!あなたいつの間にかワイルドからジュリアン・ソレルに変わったのよ!私はボヴァリー夫人じゃないんだからバ、バカにしないでね!でもどうしてもあなたから目を背けられない!ワイルド転じてジュリアン・ソレルになったイケメンさんは私に一冊の文庫本を見せてこう言った。

「僕があなたに勧めたいのはこの本なんですよ。シャルル・プリニエの『醜女の日記』。これあなたにぴったりだって思うんですよ。あなたは常に自分は美しくありたいと願っている。そんな人たちにとってこの小説の主人公は凄くリアルだって思うんですよ」

「てめえそれ私がブスだって言ってんのかよ!ふざけんなこのバカ!」


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