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ロシア文学秘話:プーシキンの決闘
近代ロシア文学を作ったといわれる詩人アレクサンドル・プーシキンはフランス人士官ジョルジュ・ダンテスとの決闘で非業の最期を遂げた。十九世紀のヨーロッパでは銃による決闘が頻繁に行われていたが、ロシアほど決闘によって偉大な人間を失った国はないだろう。ロシアではプーシキンの他にも彼と並ぶ才を持つといわれていた若き天才詩人ミハイル・レールモントフが同じく決闘によって命を守る落としている。ロシアは激情の国である。文学者といえど、いや文学者であるが故に己れの誇りをかけて決闘に赴いたのである。
プーシキンはその生涯で頻繁に決闘をしていたが、その時彼は相手が銃を構えている中、まるで臆する事なくチェリーを舐めていたという。相手はそのあまりの余裕をかましたダンディっぷりに恐ろしくなったのか、皆狙いを外すのであった。プーシキンは自分の番が来ても銃を撃たずチェリーを舐めながら恐怖に震えて立っている相手を放っちらかしてそのまま決闘の場から去っていったという。
そのプーシキンがまた決闘をする事になった。決闘の原因は妻ナターリアである。ロシアに来ていたフランス人士官のジョルジュ・ダンテスという男が事もあろうに宮中で夫のプーシキンの目の前で彼女に言い寄ったのである。これに酷くプライドを傷つけられたプーシキンはすぐさま決闘を申し込んだ。この事件は当時からニコライ皇帝一世が何かと反抗的なプーシキンを貶めようとしてダンテスを唆したものだと噂されており、それは恐らくプーシキンもうすうす感づいていただろうが、しかし誇り高いはプーシキンはそれでも己れの名誉のために決闘することを選んだのである。
決闘はペテルブルクの北にある北郊のチョールナヤ・レチカで行われた。プーシキンとダンテスは介添人から決闘のルールを説明されていたが、プーシキンはその間銃を片手にずっとチェリーを舐めていた。相手のダンテスはこれにびっくりして思わず彼を凝視した。プーシキンはそのダンテスをせせら笑って言った。
「ダンテス、君が先でいいよ。僕はチェリーを舐めながら君が撃ち終わるを待つさ」
このプーシキンの言葉にダンテスは驚愕した。コイツなんて勇気のあるやつなんだ。命を賭けた決闘だってのにこんなに余裕かましているなんて。完全に俺が外すと確信し切ってやがる。畜生なぜかこっちが震えて来たぜ。多分コイツは俺を撃たない。余裕かまして決闘はこれで終わりだなんて俺を抱擁するに違いない。なのにどうしてこんなに震えているんだ。ダンテスは決闘よりもこんな状況でチェリー舐めてるプーシキンその人が恐ろしかった。無理だコイツを撃つ事は出来ない。もう降参するしかない。
「もう決闘は始まっているんだよ。早く撃ちたまえダンテス」
ダンテスはハッとしてプーシキンを見た。プーシキンは相変わらず余裕かましてチェリーを舐めている。上機嫌に舌でチェリーを転がしてスキャットまでしている。
「レロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロ」
「キモっ!」とダンテスは呟いて思わず引き金を引いてしまった。したら何と銃弾がプーシキンの頭を直撃してしまったではないか。頭を撃たれたプーシキンはその場に倒れダンテスたちが見つめる中こう呟いた。
「レロ……」
これが近代ロシア文学をたった一人で作り上げた偉大なる文豪アレクサンドル・プーシキンの最期の言葉であった。