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記事一覧
エクストリーム7年生 (1)
プロローグ・謎の赤マスク
「助けてくれー!!」
夜の帳が下りたキャンパスを、一人の男子学生が疾駆していた。彼が振り返るたびに追手の姿は近づき、焦りは募るばかりであった。
──僕が何をしたというのか、何がいけなかったのか。酸欠気味の頭であれこれ考えるが、まともな答えは出なかった。なんとか正門の警備員詰所まで逃げ切ろうとした矢先、下り坂で足がもつれて転んでしまった。ほどなく三人の追手に取り
エクストリーム7年生 (2)
第一章・その男、落窪三土
「山でボヤがあったみたいですね」
哲学研究室の室員、額博(がく・ひろし)は仕事用のノートPCを操作しながらこう切り出した。
「ええ、私も文学部事務室で聞きました。夜遅くに大きな音がしたとか」
相手は、教授の暮石進(くれいし・すすむ)だった。物騒な話題ではあったが、いつものように悠然とコーヒーメーカーから一杯分をカップに注ぎながら返事をした。
「警察も捜査してま
エクストリーム7年生 (3)
第二章・再履修生を救え
「君、もういいよ。次回の発表はきちんと調べて」
暮石教授の声が、小さな教室に響いた。口調こそ穏やかだが意味は容赦なく、言われた学生は座ったままうなだれることしかできなかった……といっても、三土のことではなかったが。
「哲学演習」の中盤、三土の隣にいる男子が発表する番になった。デカルトの『方法序説』を、事前に指名された学生が訳読と解説をする授業。原文を読んで訳
エクストリーム7年生 (4)
第三章・舞台を止めるな (1)
「「エクストリイィィィィィィィィィィィィム!!」」
8号館の大教室に、あの大音声が響いた。座席には100人ほどの学生や一般人、そして教卓の取り払われた教壇ではマシンガンを構えた着ぐるみ二人とあの男が対峙していた──。
一ヶ月ほど前の10月某日。二階浪は研究室で「哲学演習」の予習をしていた。春先の二日間にわたる悪夢のような出来事が終わってからというもの
エクストリーム7年生 (5)
第三章・舞台を止めるな (2)
「……”第三演劇部”ですか」
「その通り」
言うなり額は三土の傍に歩み寄り、A4サイズのチラシを机に置いた。パステルカラーの動物の可愛いイラストが中央に3点、上部には丸みを帯びた文字でタイトルが書いてある。
「どうぶつの里は今日もドッタンバッタン大騒ぎ」
聞き覚えのある単語に眩暈を覚えつつ、三土はチラシを手に取って眺めた。ここの公演は、以前にも観たこと
エクストリーム7年生 (6)
第三章・舞台を止めるな (3)
「こらこら」
不意に先生呼ばわりされ、草石は苦笑するしかなかった。演劇界が注目する新星も、三土にとっては同級生にすぎない。会場待ちの列で手を振りはしゃぐ友人を横目に、草石は会場へと入った。
8号館の大教室で行われた公演「どうぶつの里 本当の愛はどこにある」が盛況のうちに終幕し、カーテンコールに脚本の草石も登場したとき、事件は起こった。
最前列の席にいた
エクストリーム7年生 (7)
第三章・舞台を止めるな (4)
「あの事件で」
チラシを置いた額は自分の事務机に戻り、話を続けた。
「学園祭は中止になり、“三劇”も解散に追い込まれた。それは落窪君も知っているだろう」
「ええ」
「しかし現役部員や卒業生が復活の道を模索し、昨年からは非公認サークルとして活動を再開した。そして今回、2年ぶりに戻ってきたわけだ」
「そういうことで……」
聞き終えた三土は、再びチラシに目をやっ
エクストリーム7年生 (8)
第三章・舞台を止めるな (5)
三土の視線がチラシに釘付けになったのを見て、額は静かに口を開いた。
「そういうことで」
額はA4サイズの冊子を手に席を立ち、三土の横に来るなりその本を目の前に置いて言った。
「君の出番だ」
学園祭当日。第三演劇部の復活公演はSNS上や学内で大々的に宣伝されたものの、往時を遥かに下回る観客数となった。草石の脚本ではないこと、なによりも2年前の事件が記憶に
エクストリーム7年生 (9)
第三章・舞台を止めるな (6)
二階浪の予想に反し、舞台は何事もなく進行した。観客の反応も良い。脚本担当として手応えを感じるとともに、原案を残した草石先輩にも思いをはせた。
物語の中盤、ワンシーンの端役ではあるが二階浪は上手から登場し……事件はそこで起こった。
サルの着ぐるみをまとった二人組が、銃器を携えて下手から登場した。明らかにおかしい。二階浪はウサギの着ぐるみの中で事態をつか
エクストリーム7年生 (10)
第三章・舞台を止めるな (7)
サブマシンガンを構えたまま、サルの着ぐるみは得意気に言った。
「助けを求めたところで、一体誰が……」
「「エクストリイィィィィィィィィィィィィム!!」」
1000人収容可能の大教室に、あの大音声が響いた。ハッとした二階浪が周囲を見渡すと──教室の上手側を壁沿いに走る影が見えた。その影は教壇脇の階段を駆け上がると、ウサギの着ぐるみを前方宙返りで飛び越して
エクストリーム7年生 (11)
第三章・舞台を止めるな (8)
「ところで貴様ら、秀央大学風紀委員会の者だと聞いたが?」
サルの着ぐるみの二人組と対峙したまま、エクストリーム7年生は尋ねた。さっきと違って落ち着いた口調になり、二階浪には心なしか威圧感が増したように聞こえた。
「それがどうした!」
手前にいるサルが、怒声で返した。エクストリームが次いで発したのは、ただ一言だった。
「……許さん」
そう言うと、二人組
エクストリーム7年生 (12)
第三章・舞台を止めるな (9)
二階浪は、上手側の袖に隠れて様子を窺っていた。観客はいよいよ事態を把握しかねて呆気に取られていたが、それは彼も同じであった。しかしこの常軌を逸した状況にあって、二階浪が一つ確信したことがあった。
エクストリーム7年生は、強い。
「兄貴ぃ?!」
「なんて奴だ!!」
銃床から伝わる衝撃を肩で受け止めながら、二人組は撃ち続けた。相手が至近距離にいるので、9m
エクストリーム7年生 (13)
第三章・舞台を止めるな (10)
エクストリーム7年生は二人組の胸倉をつかむと、右手と左手で一人ずつ持ち上げ始めた。徐々にではあるが確実に体が上がり、ついには爪先が床から離れた。慌てた二人は突きや蹴りを入れるものの、浮いた状態では満足な打撃を加えられない。やがてエクストリームの拳が自らの顔と同じ高さまで来たとき、二人に尋ねるようにこう言った。
「2年前の学園祭で、草石倍を拉致したのは貴様
エクストリーム7年生 (14)
第三章・舞台を止めるな (11)
エクストリーム7年生が息を吸うのを止めると、大教室は静寂に包まれた。二階浪は袖から必死の思いで駆け出てくると、客席に向かってジェスチャーを始めた。両手を耳に当てて、「耳をふさげ」である。観客は理由を把握しかねていたが徐々に同じ動作をし、二人組も二階浪の動きに気づいて両手を肩口まで持ってきたとき──
「「「エェクストリイイイイイイィィィィィィィィィィィィィ