エクストリーム7年生 (4)
第三章・舞台を止めるな (1)
「「エクストリイィィィィィィィィィィィィム!!」」
8号館の大教室に、あの大音声が響いた。座席には100人ほどの学生や一般人、そして教卓の取り払われた教壇ではマシンガンを構えた着ぐるみ二人とあの男が対峙していた──。
一ヶ月ほど前の10月某日。二階浪は研究室で「哲学演習」の予習をしていた。春先の二日間にわたる悪夢のような出来事が終わってからというもの平穏な日々が続き、精神的に余裕をもって授業に臨めるようになった。
例の三人は大学から姿を消し、退学したという噂がキャンパス内に流れた。暮石にとって学生の中退はよくある話だが、履修生が事件を起こしたとあって前期の間はピリピリとした雰囲気をまとうことが多かった。額は室員としての仕事を粛々とこなし、三土は……いつものように机に突っ伏していた。
二階浪は、不思議でならなかった。三土のことである。いつ哲学研究室に来ても寝ているのである。それでいて、演習の発表は他の学生を圧倒していた。一字一句をゆるがせにせぬ訳読、辞書と文法書を隅々まで調べたとおぼしき原文読解、そして『方法序説』やデカルトや近世哲学に通じた知識。いつ見ても完璧な内容だった。
以前は自らの境遇を嘆いていた二階浪であったが、こうした三土の姿を見るにつれて態度を改めた。大学生の本質は学年ではなく、中身にあると考えるようになったのである。さらに額から聞いたところによると、三土は留年3回の7年生だという。浪人2回で留年1回の自分と同い年であると気づき、二階浪は仲間を見つけたような不思議な気持ちを覚えていた(もっとも彼にとっては三土だから良いのであって、「エクストリーム7年生」のことは迷惑以外の何物でもないようであったが)。
1限の終わりを告げるチャイムが鳴ると、二階浪はノートなどをカバンにしまって研究室を出た。彼の乗ったエレベーターのドアが閉まったのを見計らって、額は三土に声をかけた。
「落窪君、起きたまえ」
いつもと違う口調を耳にするや否や、三土は目を覚ました。研究室には、二人がいるだけである。声の主を真剣に見据える三土を前に、額は続けた。
「学園祭に、例の劇団が参加する」
(続く)