
瞑想と運動が脳に与える影響:脳ネットワークの観点から比較・考察してみる
はじめに
近年の脳科学では、脳は個々の独立した領域が別々に機能するのではなく、複数の領域が連携して働く「脳ネットワーク(Brain networks)」という新しいパラダイムが注目されています。この考え方では、脳内のいくつかの主要なネットワークが状況に応じて切り替わり、互いに連携することで私たちの思考や行動を支えているとされています(van den Heuvel et al., 2010, Menon, 2011)。
脳の主要なネットワークの中でも特に重要なのが、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)です。DMNは、外部のタスクを行っていないとき、つまり脳が内的な思考や自己参照的な活動をしているときに活性化するネットワークであり、次のような機能を担っています (Raichle, 2015)。
自己理解:自分自身について考える
過去の振り返り:失敗や後悔を思い出す
未来の計画:将来のシナリオを想像する
通常、DMNが適切に機能していると、これらの活動が自己理解や過去の反省、計画立案に役立ちます。しかし、DMNが必要以上に活性化すると、思考の反芻(はんすう)が繰り返され、不安や自己批判が増幅され、心の不調や精神疾患の原因となります。また、DMNの過活動は、セントラルエグゼクティブネットワーク(CEN) や サリエンスネットワーク(SN) との連携のバランスを崩し、脳の適応的な働きを妨げる要因ともなります。
本記事では、DMNの活動を抑制するとされる「瞑想」と「運動」の2つのアプローチに注目し、それぞれの特徴、共通点、そして相補的な効果の可能性について考察していきます。
DMNを抑制する複数のアプローチ
DMNの過剰な活動を抑えるためには、さまざまな方法が知られています。代表的なものには以下のような手法があります:
瞑想
運動
認知行動療法(CBT)
薬物療法(抗うつ薬やサイケデリック薬物など)
神経刺激法(tDCSやTMSなど)
これらの手法はいずれも、DMNの抑制に対する科学的な裏付けが存在します。しかし、これらの中で特に瞑想と運動は、医療従事者の関与や特別な道具・施設を必要とせず、誰でも手軽に取り組めるという点で大きな利点があります。
瞑想:DMNを積極的に抑制する方法
瞑想は、DMNの過剰な活動を直接的に抑える方法として知られています。瞑想中、呼吸や体の感覚に意識を集中することで、「今この瞬間」に注意が向きます。このように注意が現在に集中することで、DMNが担う思考の反芻や自己参照的な思考が減少し、結果として内側前頭前野(mPFC)や後帯状皮質(PCC)など、DMNの主要な活動領域の活動が低下します 。
さらに、DMNの活動が低下すると、ネットワーク間の相互作用により、課題遂行ネットワーク(CEN)や感覚評価を担うサリエンスネットワーク(SN)が相対的に活性化することが確認されています。
科学的な裏付け
瞑想によりDMNの領域の活動が顕著に低下することは、fMRIを用いた脳内のイメージング研究により示されています(Tang et al., 2015, Feruglio et al., 2021)。
また、長期的な瞑想の実践により、前帯状皮質(ACC)や島皮質の灰白質が増加し、これが注意力や感情制御の向上に寄与することが示唆されています。
瞑想の期待される効果
1.過剰な思考の反芻や不安からの解放:意識の整理が進み、過度な自己反省が抑制されます。
2.注意力や集中力の向上:目の前のことに集中する力が高まり、作業や学習の効率が改善します。
3.メタ認知力の強化:自分の思考や感情を客観的に認識・コントロールする能力が向上します
運動:CENとSNの活性化を通じたDMNの間接的調整
運動は、デフォルトモードネットワーク(DMN)を直接ではなく、間接的に抑制するアプローチです。運動中による刺激をサリエンスネットワーク(Salience Network: SN)が検出し、課題遂行ネットワーク(Central Executive Network: CEN)が優先的に活動するように調整します。これにより、DMNの過剰な活動が抑制され、集中力や認知機能が向上します(Festa, F. et al., 2023, Bigliassi M. et al., 2025)。
科学的な裏付け
6か月間の運動介入の結果、DMN内の機能的結合が顕著に減少し、同時に認知機能(特に実行機能)が改善されたことが示されています(McFadden et al., 2013)。運動中、SNがネットワーク間の調整役を果たしながら、CENの活動が優位に立つ一方で、DMNの活動との間で負の相関が観測されました。つまり、CENが活発なとき(運動中など)は、DMNは抑制されており、集中力や注意力が必要なタスクに的確に向けられます(Bigliassi et al., 2025; Menon et al., 2010)。
運動による期待される効果
短期的なストレス軽減: ストレスレベルが低下し、ストレスに対する耐性が向上します。
認知機能や注意力の向上: 実行機能や集中力が高まり、タスクへの対応力が強化されます。
気分のリフレッシュ: ポジティブな気分が生まれ、モチベーションとメンタルの回復力が向上します。
瞑想と運動の共通点と作用の違い
共通点
1.ストレス軽減
瞑想と運動は、コルチゾール(ストレスホルモン)の分泌を抑制し、心身をリラックスさせます。また、ストレス耐性が高まることが報告されています。
2.気分改善
セロトニンやドーパミンといった神経伝達物質が分泌され、ポジティブな感情が引き出されます。これにより、気分の安定や心理的な回復力が向上します。
作用の違い
1.DMNの直接的 vs 間接的な調整
瞑想:DMN(デフォルトモードネットワーク)の主要領域である内側前頭前野や後帯状皮質を直接抑制し、思考の反芻や過度な自己参照的思考を減少させます。
運動:課題遂行ネットワーク(CEN)を活性化させ、DMNの活動を間接的に抑制します。
2.脳構造の変化と神経可塑性
瞑想:前帯状皮質(ACC)や島皮質の灰白質が増加することが観察されていますが、その具体的なメカニズムは未解明です。これらの領域は、注意力や感情調整に関与しているとされています。
運動:海馬や前頭前皮質の神経可塑性が、BDNFやその他の成長因子の分泌を通じて促進されることが示唆されています。これらの変化は、記憶力や意思決定能力の強化に寄与していると考えられています。
脳ネットワークの視点から見た瞑想と運動の相補的効果を考える
ここまで見てきたように、瞑想と運動は、それぞれ異なるメカニズムで脳ネットワークに影響を与え、長期的な実践によって脳の異なる部位に構造的な変化をもたらします。特性の異なるこれら二つのアプローチを併用することで、相補的な効果が期待されます。
瞑想はデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)を直接抑制します。一方、運動は課題遂行ネットワーク(CEN)を活性化させ、DMNの過剰な活動を間接的に抑制します。これらを組み合わせることで、脳内ネットワークのバランスを整え、脳の働きをしなやかに保つ助けとなる可能性があります。
おわりに
瞑想と運動について、科学的な視点から議論を追ってきたことで、それぞれのメカニズムや効果の違い、そしてまだ未解明の部分が見えてきたのではないでしょうか。こうした理解が、日常生活の改善に役立つヒントとなることを願っています。以下のような形で、日常生活に取り入れてみるのはいかがでしょうか?
具体的な実践例
朝:瞑想を行い、穏やかな心で1日を迎える準備をする。
夜:軽い運動を取り入れ、気分をリフレッシュし、1日の緊張やストレスを和らげる。
筆者の関連記事
参考文献
van den Heuvel M.P., Hulshoff Pol H.E. Exploring the brain network: a review on resting-state fMRI functional connectivity. Eur Neuropsychopharmacol. 2010, 20, 519-534.
Menon V. Large-scale brain networks and psychopathology: a unifying triple network model. Trends Cogn Sci. 2011, 15, 483-506.
Raichle M.E. The brain's default mode network, Annual Review of Neuroscience 2015, 38, 433-447.
Tang Y.Y., Hölzel B.K., Posner M.I., The neuroscience of mindfulness meditation. Nature Reviews Neuroscience, 2015, 16, 213–225.
Feruglio S, Matiz A, Pagnoni G, Fabbro F, Crescentini C. The impact of mind-
fulness meditation on the wandering mind: a systematic review. Neurosci Bio-
behav Rev. 2021, 131, 313–30.Festa, F., Medori, S., & Macrì, M. Move Your Body, Boost Your Brain: The Positive Impact of Physical Activity on Cognition across All Age Groups. Biomedicines, 2023, 11, 1765.
Bigliassi M., Cabral D.F., Evans A.C. Improving brain health via the central executive network. J Physiol., 2025, doi:10.1113/JP287099.
McFadden K.L., Cornier M.A., Melanson E.L., Bechtell J.L., Tregellas J.R. Effects of exercise on resting-state default mode and salience network activity in overweight/obese adults. Neuroreport. 2013, 24, 866-71.
Smith P.J., Merwin R.M. The Role of Exercise in Management of Mental Health Disorders: An Integrative Review. Annu Rev Med., 2021, 72, 45-62.