【読書コラム】大正アベンジャーズ! 竹久夢二も谷崎潤一郎も芥川龍之介も菊池寛も斎藤茂吉も! みんなヤバくて、みんないい! - 『菊坂ホテル』上村一夫(著)
先日、俵万智さんと一青窈さんの『短歌の作り方、教えてください』を読んだのだが、その中に印象的な一節があった。
穂村弘さんを交えて東大を中心に本郷三丁目のあたりで吟遊会を行った際、一青窈さんがこんな短歌を詠んでいる。
なんだけ不気味な雰囲気漂う一首。リュックの男はなにを背負っているのか、どんな前髪をしているのか、病の香りってどんな感じなんだろう? などなど。イメージが膨らむ。
なお、俵万智さんと穂村弘さんがこの作品をどうすればブラッシュアップできるか、様々にアドバイスを加えていくのが本来の見どころ。意味が曖昧な言葉のフォーカスを整えたり、リズムを定型に揃えたり、短歌の推敲ってこうやってやるのかと勉強になる。
しかし、わたしは個人的に興味深かったのは一青窈さんが菊坂にそういう怖いイメージを持っているという説明だった。
菊坂は何度も通ったことがあるけれど、あの昔ながらの雰囲気あふれる路地にそんな印象があるだなんて驚きだった。わたしは『菊坂ホテル』を知らなかったので、それを読めば、一青窈さんが見ている世界が見えるんじゃないかと気になった。
調べると漫画らしく、AmazonのKindleで300円ほどだったので、すぐに購入し、ささっと読んでしまった。このあたり、現代って感じがする。数分前まで存在しか知らなかった本をあっという間に読み終わっているんだから。
まったくの前情報なしに読み始めたので、いきなり竹久夢二が出てきて驚いた。
舞台は大正時代。かつて、本郷に実在した「菊富士ホテル」をモデルにした「菊坂ホテル」に集う人々を描いた作品だった。
このホテルはもともと1914年(大正3年)に開催された東京大正博覧会でインバウンドが盛り上がると予想して、外国人観光客をターゲットに作られた旅館なんだとか。そのためエキゾチックなムードに満ち満ちていたので、外国人観光客が減るにつれ、物好きな思想家やアーティストたちのアジトみたいになったという。
ここで凄いのはホテルの主人。来るものは拒まずで警察に追われていようとかまわず泊めてやったので、その象徴として、『菊坂ホテル』の第一話に大杉栄と伊藤野枝が宿泊していたエピソードが出てくる。
物語の狂言回し的な存在であるホテルの主人の娘・八重子が叫ぶ。
すごいセリフだなぁと思った笑
不倫相手だった神近市子が嫉妬から大杉栄を葉山で刺した日蔭茶屋事件というやつだ。このとき、嫉妬の対象だった本命の不倫相手・伊藤野枝は菊坂ホテルには泊まっている。八重子から事件を知らされたとき、伊藤野枝に動じた様子はなく、葉山まで大杉を迎えに行かなきゃいかないからお金を貸してちょうだいと頼んでくる。かっこいい。
そして、竹久夢二は二人が暮らした部屋の様子を見つつ、そんなエピソードを聞きながら感慨に耽っている。
この頃、夢二も恋多き男で愛する彦乃が結核で順天堂病院に入院している。彼女に会いたいけれど、相手の父親から拒否されて会いにいくことができない。悶々とした気持ちを募らせている。
エロスと暴力が入り混じる大正らしさ。いかにもしんどそうなので、あまりの苦しさゆえに羨ましくはないけれど、耽美な空気に憧れてしまう。
そこから夢二は後の名作のモデルとなるお葉と出会い、ドメスティックバイオレンスでボコボコに殴っては「愛しているよ」と激しく交わり、その美しさをキャンパスに描きつける狂った日々が始まっていく。
悲鳴と喘ぎ声。人間の本能が鳴り響く音を隣の部屋で聞きながら、「なんとかならんのかね? ー あの地獄を」と呆れているのは谷崎潤一郎! 他にも菊坂ホテルには芥川龍之介や菊池寛、斎藤茂吉など当時の文士が次から次へとやってくる。さながら大正アベンジャーズみたいに当時のスターが大集結する。
この交流が素晴らしい。やたらピリピリとしている。特に谷崎潤一郎と竹久夢二を通して示される作家と画家の対比が面白く、同じように芸術を志向していても媒体が変わればあり方も変わってくるのだとよくわかる。
もちろん、本当にそんな会話がなされていたかはわからない。というか、事実をベースにしたフィクションだから、ほとんどは上村一夫の解釈によるものだろう。それでも、そこに事実とは異なる真実性を感じることができるのは物語の力である。
こういう歴史上の有名人同士を想像の中で交流させる創作って素晴らしい。エンタメと教養が見事にミックスされていて、好奇心のまま多くのことを学べるというのは一石二鳥。
実はこのスタイルこそ、哲学の原風景なのだと東浩紀さんがゲンロンで語っていた。
つまり、すでに死んでしまった有名人たちをキャラクターにして、架空の対話をさせる小説から哲学が始まったのだという。
そう考えると上村一夫の『菊坂ホテル』は最高に哲学であり、昭和前夜である大正になにがあったのか、そのことを考えるにあたって重要なことが満載されている。特に最終話はそのメッセージを強く感じた。
長く宿泊していた谷崎潤一郎が菊坂ホテルを出ていく。理由を尋ねる八重子にいろいろあると言いつつ、国勢調査が始まることが大きいと答える。
国勢調査。いまでは当たり前となっているけど、その第一回が行われたのは1920年のこと。明治時代には実施のために必要な法律は整っていたけれど、日清戦争や日露戦争の混乱だったり、第一次世界大戦勃発による国際情勢の不安から先送りされてきた。
してみれば、1920年まで日本人は未だ国家に情報を握られている感覚はなかったわけで、どこに誰が住んでいるのか知られることに抵抗感があったという。
ちなみにすでに戸籍はあったし、住民票もあったのだけど、文明開花の音に伴い、地方から都市部に届けなしで流入する人口が増大し、それまでの統計情報に狂いが出始めたので国家としては実態把握をしたかったようだ。また、産業界や学問の領域にとっても、どこにどういう人たちが住んでいるのかは重要なデータになるため、産官学一帯となって国勢調査を推し進めた背景があるようだ。
ただ、庶民からしてみれば、自分たちが実験体にされるような気持ち悪さがある。これは現代のマイナンバーカードを巡る問題に通じるところがあり、様々なサービスを提供する側にとっては効率よく運用する上で導入すべきなのは間違いないけど、提供させる側はなにか悪用されるんじゃないかと不安になってしまうものなのだ。
大正時代には演歌師の添田唖蝉坊が調査節という曲を使って歌い、庶民の間で流行したと言われている。
調査する側とされる側。その非対称性がよく示されている。特に興味深いのは「行路病者」に言及していること。これ、読み方は「いきだおれ」で、いまでいうホームレスのことだと思う。そういう人たちが何人いるか調査して、帰る調査員に対して、まずは目の前で困っている人を助けるという慈善の心はねえのかよと憤っている気持ちが伝わってくる。
調査を通して、人間が数字に置き換わってしまう。コロナ禍のとき、テレビやネットで毎日のように感染者数と死亡者数が速報で発表されたけど、そこにカウントされる1人の裏側に生まれてから今日に至るまでの人生という蓄積があるということを忘れてしまいがち。そうやって、人間が人間でなくなっていうことに人々は不安を覚えたのだろう。
上村一夫は作中、谷崎潤一郎に大衆の中でこう叫ばせている。
国からの視線をはね返せなかった先に戦争があった。
さて、タモリさんが「新しい戦前」と呼んだ現代の我々は国からの視線をはね返せているだろうか。
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