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【料理エッセイ】神田古本まつりで欲しかった本とかビビッときた本とか買って、最高のドイツビールを飲みながら、マスターから60年代と東京について教えてもらったよ

 この前の週末、神田古本まつりに行ってきた。昨年末、浦和の古本まつりに誘ってくれた後輩と今回も一緒だ。

 天気は悪かったけれど、傘を差さないでいられるギリギリの中、外に並んだ本をあれこれと見ていった。

 序盤で岩波文庫版千一夜物語の全巻セットを見つけてしまって、けっこう迷った。ずっと欲しいと思ってはいたけど、ネットで探すと値段が値段なので、買うのを躊躇していたもの。いま、Amazonでは6,000円で売っている。それが4,400円だったので自分の中では間違いなくオトクだった。

 ただ、いかんせん、重たいんだよね!

 それなりに分厚い文庫本が13冊だからね。それを手に持ち、神保町を端から端まで歩き尽くすことを考えたら、いい買い物とは言えない。そんな風に冷静な判断ができる一方で、もし、他の人に買われてしまったらどうする? と悪い予感が頭をもたげてまくる。

 結果、すぐさま購入してしまった。欲しいものを手に入れずして、なにが古本まつりか。ずしりとしたビニール袋を指の関節に食い込ませながら、靖国通りをゆっくりと進んだ。

 しかし、さすがは世界最大の古本街と言われているだけあって、規模が大きく、人の出も賑やかだった。進むのもやっとな混雑っぷりで、読書離れなんて本当なのかと疑いたくなってしまう。

 隙間をかいくぐり、背表紙相手にインスピレーションを働かせているとロレンス・ダレルの『黒い本』を発見。『アレクサンドル四重奏』が好きなので、いつか読みたいと思っていた一冊だった。値段は500円。後に調べたところAmazonとそんな変わらなかった。

 後輩から薄田泣菫が面白いと教えてもらって、そのエッセイ集も買ってみた。後輩は信じられないレベルの読書家で、普段、会うときも漢詩を持ち歩いていたりする。こんな本、誰が読むんだろうみたいなものを次から次へと読み漁っていて、今回もコレクションしているという中国博物誌のシリーズをゲットしていた。

 それから東京古書会館へと移動して、有志の展示即売会を見てきた。入口で荷物を預けなきゃいけないシステムで、撮影も禁止など、美術館並の対応だなぁと不思議だったが、置いてある本の値段を見て納得。何十万円とかがゴロゴロあるのだ。

 わかりやすいので言えば、くまのプーさんの原作であるA・Aミルン『プー横丁にたった家』の原文があったり、ニュートンが木から落ちたリンゴを見てひらめいたという逸話が広まる元になったヴォルテールの原文があったり、見ているだけで幸せだった。中には13世紀の羊皮紙に書かれた本などもあり、保存状態のよさに驚かされた。

 さすがに何十万、何万の古本は買えないけれど、そういうお宝に混じって、1,000円前後の面白そうな本があったので、それを購入した。

 まずは『私は蚤である』という本発売禁止だったポルノ小説。クラシックかつエロティックな挿絵が魅力的だった。

 次に1950年に刊行された『アメリカは日本をどう見るか?』というレポート。戦後、アメリカの市井の人々に日本の印象を聞いて回った内容で、パラパラっと見た限り、ニュージャージーの主婦とかが「日本人みたいな野蛮なやつらにまともな政治ができるはずない」と言っていたりする。歴史の教科書には出てこない生の声が記録されているので、読むのが楽しみ。

 日本における遊女の由来と歴史をまとめた『遊行女婦・遊女・傀儡女』という本も買った。身近にいない顔をした女性に商品価値があったとかで、もともとは渡来人が就く仕事だったみたいな話が載っていた。これはAmazonに英語版しか登録されていないけど、本当かなぁ? 入力ミスなんじゃないかと疑っている笑

 最後に中国アベンジャーズみたいな『老子 荘子 列子 孫子 呉子』というアンソロジーも買った。たぶん、●子という名前を集結させたかったのだろう。そうする論理的根拠は不明だけれど、感情的には共感できまくる。

 帰り際、レジ横で「踏み絵」が売っていた。江戸時代のキリスト教迫害で使用されていたやつで、価格は数万円。その横に「隠れキリシタン」という名称でキリストのモチーフも売っていた。それをこっそり信仰していた人たちを「隠れキリシタン」と呼ぶんであって、もの自体をそう呼ぶのは違うだろうと心の中でツッコミつつ、感心したのは「踏み絵」も「隠れキリシタン」も、見る限り材質および工法が一緒なこと。おそらく、同じ工場で作られたものなのだろう。結局、キリスト教迫害で儲かったのは鋳型職人だったのかもしれない。

 さて、古本まつりを堪能し、大量の荷物を手にした我々はヘトヘトだったので、とにかくビールが飲みたかった。でも、日曜の早い時間で空いているのはチェーンの居酒屋ばかり。それはそれでいいんだけど、文化の香りに包まれていたので、もっと刺激的なところに行きたかった。

 あてもなく水道橋の方まで歩いた。ぶっちゃけ、そんな店はないんじゃないかと諦めていたが、捨てる神あれば拾う神あり、ドイツビールのSWINGという求めていた通りのお店に出会った。

 キンキンに冷えたジョッキを飲み干して、名物料理を一通り頼み、ザワークラウトをつまみに待っていたら、理想的な食べ物がどんどん出てきた。タンパク質に特化せざるを得なかった。

 ちなみにムール貝は国産らしい。身が大きくて、旨味もギュッと凝縮していた。そして、お皿の底に溜まった出汁が目玉ぶっ飛ぶぐらい美味しいとのことで、最後、茹でたパスタを入れてもらって〆を楽しんだ。

 マスターがとても面白い人で、古本まつりに行ってきたことを話したら、どんな収穫物があったかと聞いてくれた。この記事に書いたようなことを報告したら、一冊一冊手にとって、斜め読みしながら「これはいいね」と言ってくれた。

「本を読むと血と骨になるからね」

 そんな風につぶやくマスターは1960年代、早稲田の学生だったらしく、もちろん学生運動の空気を浴び、退学をしたそうだ。司馬遼太郎がかつて、東京って街はいいところがなにもないけれど神保町だけはあると言っていたとマスターは嬉しそうに教えてくれた。

 壁にレトロな思い出が貼ってあった。

 マスターの青春はゴダールやフェリーニ、ミケランジェロ・アントニオーニ、テオ・アンゲロプロスとともにあったそうだ。岩波ホールもなくなり、むかしながらの名画座といったら早稲田松竹ぐらいになってしまった。

 あの頃はアナーキーであることが当たり前だった。

 ちょうど店内のテレビでは戦況速報が始まり、自公の過半数割れ確実のニュースが流れていた。これからの日本はどこに向かっていくんだろうね。おかわりにもらったハーフ&ハーフを飲みながら、ムール貝の旨みで肥り切ったパスタをちゅるり頬張った。




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