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【読書コラム】老舗レストランの「元祖」という嘘をロジカルに追い詰めていく古畑任三郎みたいな本で面白い! - 『なぜアジはフライでとんかつはカツか?: カツレツ/とんかつ、フライ、コロッケ 揚げ物洋食の近代史』近代食文化研究会

 Xで話題の本があまりに魅力的なタイトルだったのですぐに買ってしまった。その名も『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』である。言われてみればなぜなのだろう?

 結論から言うとカツとフライの違いはよくわからないらしい。というか、使い分けているようで使い分けられていないというのが実情。

 その原因として、カツもフライも大いなる誤解で広まり、日本に定着した和製英語であることが考えられる。加えて、老舗レストランが元祖を名乗る過程で嘘に嘘を塗り固めた結果、食材にパン粉をつけて揚げるというシンプルな料理がどこから来たのか、よくわからなくなってしまったという。

 この本の著者の凄いところは明治以降の文献をあたり、言語学的アプローチでカツとフライのはじまりを捜索したこと。読んでいて圧巻だった。

 そして、19世紀を代表するイギリスの料理書で、やや歪んだティアドロップ形に切った肉がイラスト付きでcutlet(カツレツ)として紹介されていることを発見する。しかも、その肉は豚肉だけでなく、牛でも羊でもなんでもいいとある。

 これがなにを意味するか。つまり、カツレツとは調理法ではなく、肉の独特な切り方だったのだ!

 なお、フランスにもcôtelette(コートレット)という言葉があり、同様の形の肉が載っているようで、当時のヨーロッパで流行っていたようだ。

 なのに、なぜ、それが日本に入ってきたとき、パン粉をつけて揚げる料理を指すようになったのだろう。そこには料理の命名法をめぐる言語の差が影響している。

 日本語の場合、調理法を含まない料理名でも、調理法は固定化されている。例えば、肉じゃが。言葉としては素材の組み合わせに過ぎないがしょうゆと酒とみりんで煮込むとみんな知っている。天ぷらと言えば、軽い衣をつけて高音の油でカリッと揚げたものに決まっている。親子丼と言えば、甘じょっぱく煮た鶏肉を卵で閉じたもので、サーモンといくらの組み合わせのときはわざわざ言わなきゃ伝わらない。

 対して、英語の場合、料理名は素材を意味するだけのときがあり、cutletはまさにそれだった。当時のイギリスのレシピ本を見るとcutletという名前でいろいろな種類の肉のいろいろな調理法が載っているという。焼いたり、揚げたり、蒸したり、茹でたり。牛の煮込みもラム肉のバター焼きも形さえcutletなら同じcutletである。日本人の感覚からすると別の料理に感じられてしまうけへど、英語の命名法によれば、いずれもcutletなんだとか。

 このあたり、素材+調理法で料理名を表現するフランス語とも違うし、基本となる食材に足し算をしていくイタリア語とも違っている。普段、意識しないけれど、実は料理名ってそれぞれの言語圏のカルチャーに依存しまくっている。

 グローバリズムが進む令和のいまに生きるわたしたちだってそんな感じなのだから、鎖国が終わり、明治維新で西洋文化に触れたばかりの日本人に理解できないのも納得。まさか命名法が異なるなんて考えもしないまま、豚肉にパン粉をつけて油で揚げたものをcutletと言われ、そういう料理なんだと思い込んだとしても不思議ではない。

 著者はそのあたりの事情も掘り下げていく。端的に言えば、明治時代、日本にやってきた外国人の多くが英米出身だったとか。中産階級だった彼らは使用人を雇い、料理を作らせる習慣があり、基本的に現地でスタッフを集めた。そうして働き出した日本人がイギリスの家庭料理として豚肉にパン粉をつけて揚げるタイプのcutletを教わり、業務効率をよくするためにレシピがマニュアル化されていたので一般にも広まり始めるという経緯があったようだ。

 ちなみに産業革命によって生まれた英米の中産階級は第二次世界大戦後には消滅。使用人なしで面倒な家庭料理を作る人はいなくなった。聞けば、各家庭で油を精製し、肉を切り出し、パン粉を用意し、ソースを似ていたというから大変だ。加えて、レストランでは家庭料理なんて出してこなかったので、イギリスから豚肉にパン粉をつけて揚げるタイプのcutletも消滅してしまった。

 対して、日本では豚のcutletはトンカツとして人気料理となり、その材料が大量生産され、どこでも簡単に手に入るようになった。イギリス旅行をした日本人がcutletを頼むと全然違う料理が出てくる。自然とトンカツは日本発祥だと思い込む人が増えていった。

 とはいえ、パン粉をつけて揚げるなんて西洋っぽいのは間違いない。しかも美味しい。じゃあ、フランス由来なのではないか? と考える人も出てきて、いまGoogleで「とんかつ 由来」で検索しても、AIによる概要でフランス語のcôtelette(コートレット)が出てくる。

 イギリス料理ってまずいイメージあるし、それが美味しいトンカツに関係しているなんて、にわかには信じがたい。だが、著者は日本のトンカツがイギリス発祥であると断言する。その証拠が卓上調味料だと言う。

 テーブルの上に塩とか胡椒とか醤油とかカラシとか、並べて各自で味付けをするスタイルはイギリス流なんだとか。めちゃくちゃ日本らしい食卓の風景だけど、もともと日本はお膳方式で配られたものをそれぞれ食べるのが普通だったと言われるとぐうの音も出ない。

 ちなみにイギリス流の卓上調味料をいち早く取り入れたのはいわゆる町中華で、その際、西洋料理も出すようになったから中華料理屋なのにカレーやオムライス、ミックスフライ定食などを提供する謎のメニューも一般化したそうだ。

 逆にフレンチは明治の日本であまり広がらなかったという。なぜかというとフランス料理を持ってきた人たちは一流のシェフたちで、自分たちの商売道具であるレシピをなかなか公開したがらなかったからだとか。

 よくむかしの料理人は技術を見て盗んだとか言うけれど、あれは比喩でもなんでもなくて、マジで見て盗んでいたというから面白い。当時の給与体系は出来高制で、どんな料理が作れるかで収入が変わるため、自分以外に作れる人がいると収入が減るという問題があったらしい。そのため、厨房にいる同僚はみなライバル。先輩も後輩も敵だったので、ソースなども知られないように気をつけていたという証言が出てくる。

 皿洗いをしながら、お皿に残ったソースを舐めて味を覚えたというエピソードを聞くことがあるけど、戦前だったら普通にあり得たことみたい。同時に、そういう時代背景を前提とした話なので、戦後の料理人が「修行時代は皿洗いしながらお皿に残ったソースを舐めましたよ」と語っていたら、かなり怪しい。たぶん、盛っている思う。

 さて、この「盛っている」という問題、実はこの本のメインテーマになってくる。どういうことかというと以上の歴史や言語学的なアプローチでもって、著者はトンカツの元祖を名乗る老舗レストランの嘘をロジカルに追い詰めていくのだ。それはさながら古畑任三郎であり、異様に面白かった。

「おかしいですねぇ〜。あなた、うちは最初フランス料理をやっていたんだけど、日露戦争で忙しくなり、本格的なコートレットだと時間がかかってしまうから、天ぷらをヒントにトンカツを発明したと言いました。そんなわけないんです。なぜならトンカツはイギリス料理なんですぅ。あり得ないんですぅ〜。……はいぃ」

 みたいな感じ笑

 そうやって嘘をひとつひとつ暴いていく。

 ただ、そんな風に言うと老舗レストランが悪いみたいだけど、個人的には仕方ないよなぁって思う面も多かった。というのも、代を重ねる中で先代や先々代がプロモーションのために盛った表現を使ってきたからで、それが気づけば時代を重ね、ひとつの歴史となってしまっているのだ。しかも、情報化社会の到来で新たな事実が判明する中、いまから元祖じゃないと言うのも難しかったのか、嘘を嘘で補強するような努力の痕跡も見えて素直に涙ぐましい。

 あとメディアも悪いんだよね。明治から現代に至るまでグルメブームは繰り返し起きているんだけど、その度、目玉となるようなメニューを求めているんだもの。凄いものになると食通と称する人たちが勝手に「トンカツはあの店が元祖なんですよ」と本に書いていたりする。むかしのモラルのなさは本当に酷くて、レシピ本に関しては架空の外国人の名前をつけて箔をつけたりするのは当たり前。どうせ検証なんてされないだろうとの精神でやりたい放題やってきたようで、東京で売れている本の中身そのまま、表紙だけ変えて大阪で売るなんてことも日常茶飯事だったみたい。

 また、庶民の食べ物をあえて取り上げるのがカッコいいという風潮もあったようで、寿司とか焼鳥とかおでんとか、それまでは貧乏人の食べ物だったのに「むしろ、こういうのがいいんだよ」と宣う連中によって、立派な料理に格上げされた経緯があるらしい。トンカツもそのひとつで、ひらがなの「とんかつ」は従来の安っぽさを脱却するためのマーケティング手法に基づく改名なんだって。

 ヒレカツを出すようになったのもそういうことみたい。牛のフィレをイメージさせて、高級品と錯覚させる狙いがあったとか。雑誌などで取り上げられて、それまではトンカツなんて見向きもしなかったミーハーな人たちが「とんかつはいいね!」と盛り上がり、あっという間に国民的な食事の仲間入り。全国にとんかつ屋が次から次へとオープンしていく。

 そう考えると最近のインスタ映えを意識したお店とあまり違いはない。むかしから飲食店はバズりを目指して頑張っていたのだ。

 当たり前だけど飲食店ほど資本主義を象徴している商売は他にない。どんだけ安く食材を仕入れて、付加価値をつけて提供できるか。季節や天気、口コミ、噂に需要は絶えず左右され、地盤・看板・カバンがあろうと客がいなくなったら即終了。そりゃ、あの手この手で生き残りをかけるわけで、「元祖」と盛りたくなるのもよくわかる。

 いずれにせよ、身近なものなのに、こうも知らないことがいっぱいあるとは。タイトルに惹かれて読み始めてよかった。めちゃくちゃ面白かった。

 他にも、コロッケはもともとクリームの方が先だったとか、当たり前な食べている料理の意外な過去が載っているので、興味ある方はぜひぜひ!




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