【2024年介護・診療・障害のトリプル報酬改定】サ高住・有料老人ホームは生き残りをかけた戦いへ
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厚生労働省の動向や発表に福祉事業者が釘付けになっている今日この頃。
2024年度政府予算では、2年周期で見直されている医療機関向けの診療報酬、3年サイクルで改定されている介護事業所に対する介護報酬、同じく3年ごとに見直されている障害者総合支援法に基づく事業所向けの障害福祉サービスの改定が6年ぶりに重なる「トリプル改定」となる年です。
介護報酬改定は、介護サービスの質の向上と経済的持続可能性を図るためのものです。
しかし、これらの変更が中小零細企業にどのような影響を及ぼすのかは、深く理解する必要があります。
とりわけ今回の報酬改定は、サービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)および住宅型有料老人ホームの運営法人にとって大きな転換点となる年でもあり、非常に重要な意味を持ちます。
本記事では、この報酬改定がどのようなインパクトと変化をサ高住や住宅型有料老人ホームの運営事業者に与えるのかを紐解きます。
政策の背景と目的
2024年の介護報酬改定は、日本の高齢化社会における介護サービスの質と経済的持続可能性を考慮した政府の重要な一歩です。
この改定の背後には、国内の急速な高齢化と介護サービスへの需要増加に対応する政府の強い意志があります。
介護サービスの質を高め、介護従事者の働きやすい環境を整備することが、この政策の二大目的です。
政府は、サービスの質向上を目指す一方で、介護サービスの提供体制の効率化も重視しています。
これには、技術の導入やサービス提供の最適化が含まれ、これらの変更がサ高住や住宅型有料老人ホームの運営にどのような影響を与えるかが重要なポイントです。
また、改定は介護従事者の賃金や待遇改善にも焦点を当てており、これが人材確保や職場環境の改善にどう寄与するかが注目されています。
この政策により、介護業界全体のサービスの質が向上し、より多くの高齢者が必要な介護を受けられる環境が整うことが期待されています。
しかし、中小零細企業にとって、これらの変更を受け入れる事は大きな挑戦となります。
特に、訪問介護・看護事業所と連携するサ高住や住宅型有料老人ホームにおいては、新たな戦略の策定が求められるでしょう。
同一建物減算の改定
同一建物減算は、介護保険制度の公平性確保と効率的なサービス提供を目指して2012年度介護報酬改定で導入された制度です。
導入後一定の効果が出ているものの、課題も残されていたので今回の報酬改定の対象となりました。
サービス付き高齢者向け住宅や、住宅型有料老人ホームという後発の制度が始まると、以下の方法により職員の移動時間を短縮し、サービス提供を効率化することで多くの利益を得るという、隙をついた「制度のハック」が起こりました。
サービス利用者が居住する建物内(もしくは近隣に併設)に訪問介護事業所を設置する
同一建物内に多くのサービス利用者を居住させる
他の介護サービス事業者と比べて非常に有利な状況になるため、介護保険制度の公平性を損なうのは一目瞭然です。
そこで、同一建物に20名以上の利用者がいる場合は報酬を10%減算、50名以上の場合は15%減算というルールが後からできました。
イタチごっこで規制を回避するのは世の常です。定員49名以下の物件ばかりが作られるようになりました。定員50名以上の場合は減算の対象となる介護保険サービスの利用者の入居を上限49名までとし、残りの居室は介護保険非該当の障害福祉サービス利用者を集客して、50名の15%減算ラインを超えないようにコントロールするわけです。
他にも、定員60名の物件が2棟(物件A・物件B)ある場合、訪問介護事業所を2つ(訪問介護C・訪問介護D)立ち上げ、それぞれが物件AとBの入居者30名ずつにサービスを提供することで、1物件あたりの同一建物減算の上限49名を超過させないというハックも生まれました。
更には、親族等を代表者にすることで複数の法人を立ち上げ、組織的に減算を回避するという荒業も編み出されました。
今回の改定では新たに、訪問介護サービスの提供総数のうち、事業所と同一敷地内または隣接する敷地内に所在する建物に居住する利用者が占める割合が90%以上であれば、利用者数49名以下であっても12%減算されることになりました。
制度をハックすることで「本質を避けて成果を得ている」ずる賢い事業所へのダメージはクリティカルなものになるでしょう。
基本報酬引き下げによる算定率の低下
訪問介護の基本報酬も、以下の表のように引き下げられることが決まりました。これは明確なマイナス改定です。
「単位」という仕組みについては過去に詳細な記事を作成しているので、合わせてご覧ください。
要介護者の区分支給限度基準額が変わらないのだから、「現在よりサービス提供のボリュームを増やせば売上は変わらないのでは」と思うかもしれません。しかし、以下の理由で実質的に利益は減るでしょう。
同じ売上を得るための人件費が増加する
ある利用者の区分支給限度基準額が30,000単位だったとします。
訪問介護サービスの身体介護における最小単位は「20分未満」です。
現在と改定後を比較してみましょう。
【現在】
30,000単位 ÷ 167単位(20分1回につき)= 179回サービス提供が必要
179回 × 20分 = 59時間40分の労働力が必要
↓
【改定後】
30,000単位 ÷ 163単位(20分1回につき)= 184回サービス提供が必要
184回 × 20分 = 61時間20分の労働力が必要
このように、同じ売上を得るためには人件費が約3%アップします。
これは労働時間を比較した単純計算のため、実際にはもう少しコストアップするでしょう。2時間ルールの障壁
訪問介護の制度設計は、訪問における初動時間を加味しているため、短い時間のサービスほど割高に設定されています。
そのため、同日中同一利用者へのサービス提供間隔が原則2時間以上必要とする通称「2時間ルール」があります。
2時間ルールに抵触した場合、2回のサービスは1回とみなして算定されます。
例えば、30分間隔で2回のサービスを提供した場合、サービス時間は60分ではなく30分と算定されます。
基本報酬引き下げにより、現在のサービス内容では算定しきれずに余る単位が発生しますが、それを算定するために新たなサービスを組み込もうにも、2時間ルールに抵触してしまうため、現在と同じ売上(単位)を確保するために算定率をキープすることができなくなる可能性があります。
介護保険サービスは利用者の自立支援をサポートするために利用するので、算定率をキープしたい事業者側の都合で好き勝手にサービス内容を組み替えられるわけではありません。
介護保険サービスを提供するためには、そのサービスが必要である根拠や大義名分が必要ですが、介護保険事業のノウハウが無ければそのまま基本報酬引き下げに伴う減算、減収をストレートに食らうわけです。
処遇改善加算の一本化
これが今回の改定の目玉です。
事業所の売上が減っても、国策として介護従事者の賃金処遇は上げなければならないので、現在の複雑な3つの加算制度を一本化し、より柔軟な職種間配分を認める内容に変更されました。
しかし、大幅に介護従事者の月額賃金をアップさせるため、力技で加算される大部分の1/2以上を月額賃金に配分するというルールを新設しました。
以前の記事でも触れたのですが、事業者が介護サービスを提供すると、利用者の自己負担金(1割~3割)を除いた残りの介護給付費(7割~9割)は、国民健康保険団体連合会と市区町村2つの審査を通過しなければならず、請求から支払いまでに1カ月半ほどの期間がかかるため、サービス実施月の翌々月入金となります。
また、利用者の介護区分を見直したり、請求内容に不備があった場合、翌月以降に請求するため支払いを受けられるのもさらに伸びてしまいます。
職員に支払うのは先、入金は後のため、売り上げの小さい事業者は資金繰りが悪化して経営に影響が出る可能性があります。
加算は職員の人数に応じて支払われるのでもなく、事業者の売り上げに乗じた金額が支払われる仕組みです。売上が減るのとともに加算が減ってしまい、帳尻が合わないからといって職員に約束した毎月の賃上げを見送ろうものなら暴動が起こるでしょう。
また、介護事業者は売上がガッツリ減るイベントが盛りだくさんです。
利用者が入院して売り上げ減
職員が急に退職してサービスの提供ができず売上減
それに伴って空室に入居者を入れても介護が提供できなくて売上減
そもそも毎年2月は稼働日数が少ないので売り上げ減
小さい事業者が売掛金のうち、処遇改善加算の分を1/2以上職員に前払いするとCFが悪化するのは目に見えています。
令和6年度末までの経過措置期間を設け、この配分要件に関する激変緩和措置を講じるとの事ですが、資金力のある大手企業は真っ先に札束で殴るように大幅な賃金改善を実施してくると予想されます。
中小零細企業はすぐに追随できず、経過処置期間は様子を見るでしょうから、一定の期間はかなりの人材が賃金改善した大手介護事業者に流れるのではないかと考えています。
まとめ
今回の報酬改定は、介護職員の賃金処遇をアップすることが困難な中小零細企業が成り立たなくなることで、”結果的に”介護事業者の寡占化が促進し、それにより大企業の賃金処遇や福利厚生が益々充実することで、全産業の平均値まで介護業界を底上げしようとする国の思惑が見て取れます。
大きな事業成長ができない中小零細の介護企業に対して、減少し続ける生産人口から僅かしか得られない限られた財源を回す余地は無く、銀行や保険会社のように合併や統廃合を繰り返していくのではないでしょうか。
介護ビジネスは公的に報酬単価が定められているので、1つの事業所でサービスを提供できる定員以上に利益は上がりません。つまり、事業所の数を増やす以外に利益を大きくすることはできないのですが、組織が大きくなって雇用する従業員が増えるとそれだけリスクも大きくなりますし、それをマネジメントする管理職を確保できるかがどうか大きな課題となります。
介護業界全体が、これまで以上に経営力を試されるフェーズに移行しているのかもしれません。