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2025年2月10日 月曜日
ゆうべは夜遅くまで本を読んでいて、眠い。
朝、夢を見た。父が出てくる夢で、内容はよく覚えてないけれど、いやな夢だった。最近父といやな夢というのはセットた。しかし父が私にいやがらせをするとは思えないので、なにか忌まわしいものが父に化けてるのだ、と推測する。
朝食を作る。
昨日たくさんジャンクフードを食べてしまったため、健康的に、と私なりに考えた末の献立が、雑穀米入り白米、味噌汁、玉子焼き、おくら、烏賊の塩辛、緑茶。
溜まっていた『都市ミナティ』を一気に三話聴く。中国のマタニティフォトについては、私にも意味がわからん。わからなさすぎて、腹も立たないくらい。
ひと休みしてから郵便局まで行く。晴れてはいるが、風が強い。
郵便局で用事をすませたあと、隣のファミリーマートへ寄り、お菓子と煙草を買う。現金で支払おうと思ったが、バックの中に財布が見当たらなく、財布を忘れてきたと思い、電子マネーで支払うが、家に帰ったらちゃんと財布はバックに入っていた。歳をとったことによる、こういううっかりはしょっちゅうなので、もういちいち気にしていない。
『にげんな!』の第二回を聴く。
テレビはずっと観てないから、『カルテット』のことはわからないけど、私がすげえな、と思う脚本家は、倉本聰だな、ってぼんやり思う。小さなころから『北の国から』を観ていた。純や蛍は私と歳が近くて、お母さんがいない。そして祖母の出身が北海道ということもあり、観させられてた気がする。それはもう、教育の一環のように。『北の国から』と一緒に育ってきた。
何故いしだあゆみが子どもたちを捨てたのか、子どものときにはわからなかったけど、今はわかる。それなのに関わらず、何故蛍は不倫したのかも…。せつない。
最近(といってもずいぶん前)だと、『優しい時間』もわんわん泣いた(私の涙腺はすごく堅いのに)。あれも、お母さんが死んじゃった話だった。
これを聴いてると、友達と電話したくなってしまう
夕飯を作る。
さっそく昨日買ってきたレバーを炒める。サンチュに巻いて食べる。
『タイタンの妖女』を読み終える。図書館の返却期限が二日後だったので、ぎりぎりだった。
私は海外の本にもSFにも慣れてないので、かなり難しかったけれど、訳者あとがきを読んでいて、ヴォネガットって(爆笑問題)太田さんそのままじゃん!と思った。少なくとも私が十年近く、爆笑問題のラジオを聴いてきて、太田さんの話が、思いが、私に正しく伝わってればの話だけれど。
とても話上手なおじさんが、とぼけた口調で面白おかしい物語を聞かせてくれます。どうしようもないほどバカな人間たちの演じる、時にはグロテスクで、時には悲しく、時には美しい、しかしつねに滑稽である物語です。腹をかかえて笑いころげながら、聴き手はいつのまにかしんみりとなにかを考えさせられてしまいます。おじさんは、この世界で人間たちのやらかしているバカな行ないに、腹が立って、悲しくてならないけれども、それでいて、そんな人間たちが大好きなのです。おじさんは、この不完全な世界をもっとマシなものにしたいと、思ってもいます。しかし、これまでのエライ人たちがやったように、頭ごなしに人間のバカさかげんをきめつけたり、こうしろと説教したりすることで、世界がよくなるとはアテにしていません。ガンの病人に本当のことを教えれば、助かるものも助からなくなるかもしれず、また一発で癒る妙薬もあるはずがないのです。おじさんがもしなにかをじているとすれば、それは笑いの効力だけです。どうしようもなくバカな人間たちの姿を時には誇張したり、時にはいたわりでくるんだりした滑稽な作り話で、聴き手を笑わせながら、その笑いをつうじて、聴き手の心に、ほんの束の間でもいい、人間どうしのつながり、思いやり、といったものをかきたてられたら、とねがっているしそんな作家がカート・ヴォネガットではないでしょうか。
【今日の一曲】
やめるなら今/ヒグチアイ
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