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まどみちおと母の記憶


【母のはなし】【読書記録】
「あんたもこれ読んだらいいよ。お母さんね、読みながら子供の頃を思い出して、涙で読めなくなるくらいわーんわん泣いたんだわ。」

谷川俊太郎編
まどみちお詩集

そう言って、まどみちお詩集を貸してくれた。

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幼い頃、母はいつも一人だった。

戦前は所有していたいくつかの土地と借家の家賃収入で暮らしていたが、戦争でそのほとんどが接収された母方の実家。
じーちゃんが栽培した花を卸すだけでは家計が成り立たず、ばーちゃんは花をいっぱいに詰めた籠を背負って売り歩き、家に帰ると着物を縫う内職で家を支えた。

幼いながらも「遊んでほしいなんてとても言えない」家庭の事情がわかっていた。

来る日も来る日も野山で虫やザリガニを捕まえては放し、翌日も同じ場所で同じ生き物に出会い…自然に遊んでもらったという母。

てっきり楽しい想い出なのかと思っていたが、心はいつも「一人ぽっちだなぁ。」という気持ちに占領されていたそうだ。

ある日、東京に住む遠縁の親戚から、母を養子にしたいという話が舞い込んだ。

子宝に恵まれなかったその家には、他のきょうだいとも歳が離れ、まだ物心もついていない母がぴったりじゃないか、と名前が上がったのだった。

都内の豪邸に住む資産家の叔母。
時々遠路はるばる遊びに来ると、いつも可愛がってくれる、きれいな標準語を話す大好きな叔母。

「行きなさいって言われると思ってた。なんとなく自分はこの家にいてもいなくても一緒なんじゃないか、って思ってたからね。」

でも、じーちゃんとばーちゃんは「この子は絶対にあげられない」と、その話を断った。

東京での暮らしを一瞬夢見た母は、ほんの少しだけ「なーんだ」と思ったが、それよりも「ここにいていいんだ」という嬉しさで、これまでの寂しさが吹き飛んでしまったそうだ。

「あの時東京に行ってたら、お母さんお嬢様だったはずなんだけどね。でも、私にそんな大役務まらないだろうし、この街が好きだから、ここで海と山見ながら暮らせてよかったわ。」

そう笑って言った母は、まぁまぁ幸せそうに見えた。

私の実家があるのは、そんな母が幼い頃に遊んだ場所。
大人になってからもそこからの景色が忘れられず、結婚後に土地を買って家を建てた。

幼い頃から変わらぬ山と海を眼前にまどみちおさんの詩を読み、生き物と自分だけが存在していた子供時代の世界へとタイムスリップしてしまったのかもしれない。

簡単で単純な言葉なのに、詩のリズムに乗って、目の前の世界がどんどんと広がっていく。

まるで目にマクロレンズがついたみたいに、これまでなんとなく見過ごしていたものが、目の前に鮮明に浮き出すように現れる。

そんな透き通った詩とエッセイの数々に、曇った心を磨いてもらったような気がした。

母が泣いた詩がどれだったのかは、結局わからなかったけれど。

『アリ』
アリを見ると
アリに たいして
なんとなく
もうしわけ ありません
みたいなことに なる

いのちの 大きさは
だれだって
おんなじなのに 
こっちは そのいれものだけが
こんなに
ばかでかくって…

まどみちお詩集


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