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先生と豚

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ある高校生の日常に舞い込んだ非日常を描いた短編ミステリー?ぽいものです。拙い部分もありますが、読んで頂けたら幸いです。
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#創作小説

先生と豚16

先生と豚16

 紅林は思い出したようにこれまで疑問に思っていた事を柿崎にぶつける。
「そういえば、あの協力者って誰だったんだよ。金庫に来たとき顔の半分くらいしか見えなかったから結局誰かわからなかったし」
「さあねぇ」
 柿崎は首をかしげる。
「さあねって、先生は知ってんだろ」
「どうだろう?」
 にこにこと人好きのする笑みをたたえて柿崎は答える。
その反応に紅林は舌打ちした。
「隠さなきゃなんない人物なのかよ」

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先生と豚15

先生と豚15

 で、条件ってなんだい、と柿崎がやんわりと促す。紅林はふぅとひとつ息を吐いた。
「その、俺の残りの取り分、それを卒業までにきっちり渡してほしいんだ。卒業したらあんたと連絡がとりづらくなる」
「卒業かぁ……。ん、まあ構わないよ。それだけでいいの?」
 こんなに気前のいい柿崎は初めてだな、と紅林は寸の間たじろぐ。この際だ、少し無理を言ってみよう。
「……あと、俺がこの先、金に関して困ったら助力してもら

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先生と豚14

先生と豚14

「……なんだと」
紅林は柿崎に指し示された乱歩全集に目を落とした。
 こんなもののために自分は警察のお世話になったのか。そう思うと怒りと感じると同時に、妙にやるせない気持ちになった。
「確かに俺は、手術の費用を払えたけど。三億だぞ。くそっ」
 取り分は一割の約束だった。
 全体からすれば少なかったが金額が金額だけに、一割だけでも手術費用を払っても働き手が紅林しかいない家計は今までよりぐっと楽になる

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先生と豚13

先生と豚13

「捕まるなんて聞いてなかったぞ」
本に埋もれた六畳の部屋に紅林の怒気のこもる声が発せられた。
足の踏み場のないほど書物が積まれた先に座卓とその前に座り込んだ柿崎の姿が見える。窓からさす陽光にそれは黒く浮き上がっていた。
柿崎は振り向かずに笑った。
「本当にね、僕も驚いたよ。でも良かったじゃない。刑務所のなかを体験できるなんて、普通ないよ」
紅林は心底愉快そうに言う柿崎に舌打ちし、部屋の入り口に立っ

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先生と豚12

先生と豚12

 紅林が捕まったことは誤算だった。柿崎は朝の職員会議でそのことを知った。
 会議で紅林の処分は報告されなかったが良くて自宅謹慎一週間、悪くて少年院に数日拘束されるといったところだろうか。
(まいったな)
 柿崎は軽く頭を掻く。
 共犯者が捕まっても尚、冷静でいられるのは柿崎の性格ではなく紅林の罪状が万引きであることによるものだった。もちろん、この万引きも柿崎の作戦の一部になっていたのだが、まさか高

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先生と豚11

先生と豚11

 翌日、銀行の職員が金庫を開けると現金が詰められていた砂袋が消えてていることに気づき、事件は明るみになった。すぐさま警察が呼ばれ調査等がなされた。当夜警備にあたっていた数人が事情聴取を受け、行員に扮した人物が現れたことが分かり、その人物を犯人であると警察はほぼ断定して捜査に取り掛かる。幸い、犯行の様子は監視カメラに記録されており、それによって犯人は複数いることが判明した。しかし画像が荒く顔までは分

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先生と豚⑩

先生と豚⑩

 甲高い機械音が鳴った。留守電の録音開始音に似ていると紅林は思った。同時にこの音がエラーを表していたら終わりだなとも考える。
幸い、予想に反して扉のロックが外れる音が重々しく響いた。同時に空気が勢いよく漏れ出すような音がした。
(開いた……!)
 紅林は厳ついドアノブを思い切り引いて金庫のなかを見る。非常灯の明かりがついた凡そ二十畳ほどの空間には鉄製の棚にズラリとアタッシュケースが並び、その横に砂

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先生と豚⑦

先生と豚⑦

 銀行にも当然ながら関係者専用の出入口がある。いわゆる裏口である。侵入するとすればこれほど好都合な道はないだろう。入館証さえあれば、そこを突破するのは容易い。金庫が破られることを想定していないせいか厳重な警備などは特にない。
 柿崎はそのことについてひと言――馬鹿だねぇ、と感想を述べた。
 こちらとしてはやりやすいが一般論で言うならば人様の金を預かっているというのに、その自覚と警戒心が足りないので

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先生と豚⑥

先生と豚⑥

「強盗なんてできないよ」
 放課後の準備室で柿崎は断言した。
 紅林が柿崎と協定を結んでから一週間が過ぎていた。
「はぁ? いまさら何言ってんですか」
 逃げられないと言ったのは柿崎のほうだったはずだ。それが今後の指示を仰ぐために入室した生徒に向ける言葉なのか、と言いたい。しかし柿崎は紅林のそんな思いは露とも知らず答えた。
「だって銀行強盗って、昼間に襲って金を出せぇって脅して金を盗むでしょ。そん

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先生と豚①

先生と豚①

 それまで時効を迎える気分というものを味わったことがなかったが案外あっさりとしたものだと紅林は感じた。

成人式で二十歳になる前は憧れのようなものを抱くが実際にそこに至ると何の感慨も湧かないのと同じだ。
ふと、あの人はどうしているのだろうと考えた。
思い返してみれば自分と関わったのはほんの僅かな期間だった。
紅林は無精ひげを撫でて苦笑する。
――なんだ、ちゃんと感傷に浸れているじゃないか。
「先生

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