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思い出雑記

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思い出です。
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匿名掲示板の名も無きマジシャン

匿名掲示板の名も無きマジシャン

 今から二十年ほど前、スマートフォンもSNSもなかった頃のこと。

「名も無き友達が野球のチケットくれるって!」
 夫が興奮気味によくわからないことを言ってきた。
「名も知らぬ友達が?」
 私は夫の発言を繰り返したつもりだったが、間、髪を入れず訂正された。
「名も“無き”!!今日のライオンズ戦行けなくなったからくれるって!H駅の公衆電話の横の電話帳にチケット挟んでおいてくれるって」
 詳細を説明さ

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ドラゴンタトゥーの女

ドラゴンタトゥーの女

 四歳から長唄三味線を習い始めた。当時大ヒットしていた『帰って来いよ』の松村和子の三味線弾き語りがたまらなくかっこよかったからだ。毎日ほうきを三味線に見立て、真似することに熱中したが物足りず、三味線を習いたいと母に懇願した。

 週に一度、三味線の先生が家に教えに来てくれることになった。
 始めてみると三味線はそんな容易いものではなかった。四歳児の手は棹(さお)の先まで届かず、背後から先生に支えて

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【納涼】ATMの怪

【納涼】ATMの怪

 幽霊話を聞くのは大好きだけど、幽霊を見たことはないしできれば出会いたくない。

「幽霊の正体は思い出」
 と誰かが言っていた。私の思い出を綴っているこのnoteも浮遊霊みたいなもので、私が死んでもネットの海をぷかぷかと漂い続けるのだろう。そしてうっかりこのnoteを開いてしまった誰かのスマートフォンに忍び込み、音楽のプレイリストに曲を追加したり、撮った覚えのない写真を残したりしたい。夢ふくらむ。

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スパルタそろばん塾

スパルタそろばん塾

『8月8日はそろばんの日』
 小学生の頃通っていたそろばん塾の、壁に掛けられた日めくりカレンダーの中の言葉だ。そろばんをはじくパチパチという音と8をかけたらしい。どの日をめくっても、そろばんにまつわる標語のようなものが書かれてあった。

 木造一軒家の玄関を入って左、十畳ほどの部屋が教室だった。畳の上に長机が並び、前方に教卓、後方の壁にはベニヤ板で作られた番付表があった。番付表には序ノ口から横綱ま

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ねむれ巴里

ねむれ巴里

 パリでオリンピックが始まる。

 3年前の東京オリンピックはいつの間にか始まっていた。ちょうどALSと診断された年で、少しずつ体が変わり始めた頃だった。マラソンだけテレビ観戦した。ほかの競技や開会式は全く観ていない。しかもマラソンの会場は札幌だったので、東京で行われているオリンピックを観ていない。なので私の中の東京オリンピックはあったような、なかったような、かげろうみたいな存在だ。

 パリオリ

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中古車屋からの年賀状

中古車屋からの年賀状

我が家は中古の軽自動車しか買ったことがないが、ある中古車屋との出会いが忘れられない。男性2人きりで営む小さなプレハブ造りの店舗で、中古車街道と呼ばれる通りにあった。

車の状態もとても良い上に安くしてくれ、丁寧な説明と心のこもった接客。前回利用した大手中古車チェーンとは全て違い、「いい買い物ができた」とうれしくなった。

翌年の元日にその中古車屋から年賀状が届いた。
新年の挨拶の印字の横に、

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