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創作モノガタリ

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物語だけをここに。 ※番号は全ての投稿順ということで、バラバラになっておりますが、ご了承ください。
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記事一覧

創作 『海の前の本屋さん』

こんな田舎にぽつんとある本屋さんの家に 私は生まれた。 物心つく前から店の前に立ち、レジ打ちを練習してた。 本を読むのは、あんまり好きじゃなかったけどね。 そして今年、私は18歳になる。 潮が引いて来た。そろそろかな。 「汐莉〜!洗濯物取り込んで〜!」 母がまた私を呼ぶ。 最近はめっきり人も少なくなって、 店前から離れても全然大丈夫なんだよね。 母が洗濯物を畳みながら、私に話しかける。 「汐莉は進路どうするの?ここに残るの?」 「ううん、私ここを出ていくよ。」 「そっか

69:心の記録

きっと君は怒っている。 優しい顔して怒っている。 愛してあげられないこの恋を、 心嘆いて怒っている。 私の気持ちなんてわからないでしょ。 いつも軽い口を叩いて、苦手なことに首突っ込んで。 誰がそんなこと頼んだの。 私はやってなんて言ってない。 また喧嘩だ。なんでこうなるのかな。 全部俺のせいだろうけど、 たまには俺のことも考えてほしいな。 また喧嘩した。あいつの顔憎たらしい。 全部私のせいでしょ、わかってるつもり。 ああ、また嫌なやつになってる。

62:BAR BAR BAR

蒼い息吐く箱の中。 街の流れをあてにして、タバコ燻らせ2、3分。 やはりここだと落ち着かぬと、いつもの行きつけバーに行く。 小さな電飾もう切れて、狭い階段駆け降りる。 木組みの溢れた、地下の箱。 今日も俺の特等席。 奥から二つ目のその椅子は、 俺のために空いているみたいだった。 缶ピースがカウンターに置かれる。 マスターとは昔からの馴染みだ。 続いてバーボン。 しけもく燻らせ傾ける。 今日はツケを払わないとな。 ちゃちい腕時計を脱ぎ、 待ち人もなく

53:ご飯

家族の間に漂う空間。温もり。 家族と過ごすなんて、とても久しぶりだった。 久しぶりに帰った実家で、3年ぶりの家族団欒。 私の部屋や椅子、お茶碗まで大切に残っていた。 私の大好きな子猫のお茶碗は、 経った時間を思い知った。 私を中心に展開される夕ご飯。 少しの優越感と、懐かしい感じが、 私を18歳へと誘った。 いつもがそこにあった。 祖母と弟は、早くに食事を済ませて いってしまう。 妹は静かだが、ぽろっと面白いことを言う。 周りが見えている、さすがは真

52:いいなり

誰かが望んだ夢を目指すこと、 自分の夢として落とし込めないものは、 決して幸せになどなれない。 僕は実家の跡取りとして育てられた。大人たちは僕をそうするように仕向けていたらしい。僕自身はあまり感じなかった。 就職活動が全て終わり、帰省した僕に母はカミングアウトしてくれた。大切に育ててくれた人だ。裏切るつもりは無い。だか、それを言われて僕はショックだった。 自分のことをしっかり考えて出してくれたのは、育ててくれた家族である。それでも跡取りとして育てたという事実。そして、違

45:海と父を見つめる僕。

父は多くを語らなかった。父は、自分の腕のみで叩き上がってきた職人だった。 そんな父は意外にも、週に2回のサーフィンが日課だった。昔はライフセービングの専門学校に通っていたらしい。バブルの名残だと切なく笑う。 早朝5時に、ハイエースに荷物を詰め出発。僕は父について行った。なんでついて行くようになったかは覚えていない。普段は話さない父を知りたい一心だったのかもしれない。 海に行く前、決まって立ち寄るコンビニ。近くにコンビニができる前、7キロ先のそこが1番近かった。そこで父は

28:変化

壁は新しく、新品の様相になる。 床はフローリングにして、 キッチンは総入れ替え。 家が一つ新しくなった。 私の家には、数十年支えてきた柱がいる。 彼はこのリフォームで壁の裏にいった。 もう見ることはできないであろう。 陰ながら私は彼に支えられた。 おもちゃのトラックをぶつけたこと、 私が初めてつけた傷だ。 落書きブーム、彼もまた標的になった。 小学生、父に穴を開けてもらってハンガー掛けになってくれた。 中学生、行き場のない怒りを君にぶつけた。 高校生

30:共に死のう

「君って、才能ないよね?」 上司は机の上で嘲笑う。 ことさらに自分の身なり、心構えを貶しながら、 その痴態をオフィスにさらさんとする。 6つ下の先輩も嘲りながら、自分の帰り道に唾をかける。 また始まる、終わることのない作業。 いや、実際には終わる作業も、ずっと続けて早10年。 出世コースからズルズル落っこち、万年平の自分を、 この世界は拒絶している。 人のために働きたいと思ってたんだ。 認められて幸せになると思ってたんだ。 仲のいい人たちと幸せに仕事し、