話にならない (月曜日の図書館213)
風邪を引いたら、熱が下がった後も咳だけが残り、とうとう声が出なくなった。仕方がないのでカウンター当番を代わってもらい、最低限片付けなければいけない仕事だけを細々とやって早退けするという日々がつづく。
予兆はあった。前の週、カウンター表を作る人から、いろんな仕事が立て込んでて大変だけど、倒れて迷惑かけないようにしてね、と言われたのだ。
ふられたら、期待に応えないといけない。
メールレファレンスと選書会議の当番が、同時に回ってきた。おまけに何年も放っておかれた本の仕分け作業も合間にやっていた。
集中を要する仕事を、ほこりとカビの充満する空気の中で遂行すれば、何らかのウイルスに侵入を許して当然である。当番自体はなんとかやり切ったものの、その日の晩からどんどん具合が悪くなり、今に至る。
なってみて初めて、今の仕事は話せないと成り立たないことがたくさんある、ということに気づいた。カウンターはもちろん、電話も出られない。自分ひとりでは決められず、他の人と話し合わなければいけない場面も多い。
寡黙に仕事をしてきたつもりだったけど、結構しゃべってたんだな。
ささやきボイスでしか話せず、何言ってんのかわからないと言われているわたしを見て、K氏が笑った。このやろう。
悪い空気を吸わない方がいいため、古い資料の整理もできない。でもうちの係が扱っているのは、おおむね年代物の資料である。
できることと言えば、インターネットを通じた調べものと、メールのやりとりだけだ。他の部署の人との方が、円滑にコミュニケーションできている。
体は元気なので基本は大丈夫なのだが、いったん咳の発作が出るとしばらくは何もできない。誰もいない部屋に行って、おさまるのを待つ。窓から日が差して、節電のため電気のついていない部屋が、さながら西洋の絵画のようだ。
が、そこにたたずむわたしはまったく似つかわしくない。咳がつづくと体のテンションも上がるらしく、涙や鼻水まで大放出してくる。きっと漫⭐︎画太郎先生の描くばあさんみたいな表情をしていることだろう。
精神的な理由でこうなったと思った人が、何がそんなにストレスになっとるの?と聞いてくる。あろうことか、倒れて迷惑かけないようにしてね、と言ってきた人だ。
いやいや、あなたがふったからだよ。
とは実際には言い返せないし、きっぱり倒れるわけでもなく、出勤だけはするが、電話番もできない。
今だってS崎さんが、女性ファッション誌でスーツが特集された号を読みたいという電話と格闘しているのに、となりで「OggiとかVERYとか」とささやくことしかできない。この質問で終わるかと思いきや、次は男性ファッション誌で今すぐ借りられる中で最新の号を用意しておいてほしい。それから...と電話はつづく。
出勤したってどうせ他の人たちの負担を減らせないなら、一週間くらい休んだろか、と捨て鉢な気分になったころ、救いの手は差し伸べられた。おじいさんからの、手紙でのレファレンス依頼。これなら、しゃべらなくてもできる。
手紙の文字はところどころふるえていて、読みながら不覚にも涙がにじんだ。よほど切実な思いがあって筆を取ったにちがいない。これは何としてでも解決したいという思いが募る。何しろわたしは、期待に応えるタイプの人間なのだ。