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瀬川貴次『紫式部と清少納言 二大女房大決戦』 奇妙なバディ、宮中の霊鬼に挑む!?

 いま書店では紫式部や源氏物語、平安時代の関連書籍が様々並んでいますが、平安ホラーコメディの名手が送る本作もその一つ。彰子の女房として出仕した紫式部が、宮中で皇后・定子の霊鬼騒動に巻き込まれ、そこに清少納言が参戦――と、副題通りの、そしてそれにとどまらない快作です。

 源氏物語でその筆名を上げたものの、故あって執筆を中断していた紫式部。しかし中宮・彰子の女房として宮中に招かれた彼女は、彰子の父の藤原道長から、源氏物語執筆の催促を受けることになります。
 源氏物語の続きをダシに、帝の関心を彰子に向けさせようという道長に内申反発しつつも、先輩女房である赤染衛門の強い勧めもあり、やむなく執筆を再開する式部。
 しかし夜更けまで執筆していた彼女の部屋で怪異としか思えぬ現象が起きた上、白い靄のようなものまで目撃してしまったのです。噂によれば、亡き皇宮・定子の霊が宮中を彷徨っているというのですが……

 そんな騒ぎもあり、また恋愛経験の乏しさ(?)もあって、執筆に行き詰まってしまった式部ですが、そこで彼女が思い出したのは、少し前に目撃した光景でした。
 定子が亡くなって零落し、尼になったという清少納言。その屋敷の前で彼女を嘲った男たちを一喝した少納言が印象に残っていた式部は、定子在りし頃の宮中の様子を聞き出そうと考えたのです。
 素性を隠して接近し、気難しい少納言に源氏物語を腐されて憤激しつつも、当時の様子を聞くことができた式部。しかしうっかり定子の霊鬼の噂を口走ってしまったことから、少納言がエキサイト――二人揃って、霊鬼の正体を見極める羽目に……

 ほぼ同時代人であり、そして共に現代に至るまでその文学作品が残っていることもあり、並び称されることが多い紫式部と清少納言。本作のタイトルは、その状況を表しているともいえます。
 その一方で、仕えた相手が一条天皇の中宮と皇后と、いわばライバル関係にあった二人。さらに紫式部が日記の中で清少納言をこき下ろしていることもあって、フィクションの中では、この二人はライバルあるいは険悪な関係として描かれることが多い状況です。本作の副題はそれを表している、かどうかはわかりませんが……

 例えばその典型である岡田鯱彦の『薫大将と匂の宮』のように、その場合は大抵清少納言が損な役回りとなります。しかし本作は二人を対等な立場、というよりそれぞれの立場に敬意を持って描くのです。

 本作の紫式部は、基本的に等身大の女性として描かれるキャラクターであります。
 愛する娘を女手一つで育てるため、慣れない宮仕えで奮闘する。自分の作品である源氏物語に振り回されながらも、作品を愛し評価に一喜一憂する。霊鬼の存在を信じ、恐れる――もちろん豊かな才能は持つものの、彼女はあくまでも「普通の」女性なのです。
 一方の清少納言は、宮中から退き、侘び住まいに暮らしながらも、気持ちは枯れずに強い自負心を持つ人物。他人に対しても他人の作品に対しても歯に衣着せぬ言葉をぶつけ、そして今は亡き主人を騙る(?)霊鬼も恐れない――そんな「強い」女性であります。
 もちろん紫式部に比べて清少納言の方がどう見てもアクが強いキャラクターですが、それは決して悪いのでも劣っているのでもない。あくまでも一つの個性である――そんな本作の視点から描かれる清少納言の存在感は爽快ですらあります。

 思えば作者は『ばけもの好む中将』シリーズにおいて、時に陰に陽に、自分自身の生きる道を求め、それを貫こうとする女性たちの姿を描いてきました。その姿勢は、本作においても健在といえるでしょう。
 そしてクライマックスで明かされる霊鬼の正体(これがまた、「歴史ミステリ」として実に見事なのですが)と、それに対する言葉にもその姿勢は明確に示されています。本作は二大女房という奇妙なバディの活躍を通じて、懸命に己の生を生きようとする/生きた女性たち全てに向けた大いなる肯定の物語である――そういってもよいかもしれません。

 個性豊かな(そして史実を巧みに拾った)二大女房のキャラクター、そして巧みな平安ホラー色&コメディ色と、作者らしさが横溢する本作。意外すぎる(そしてある意味適任すぎる)人物の解説も含め、実に内容の濃い一冊であります。

 ちなみに本作には実はもう一人、第三の女房――和泉式部が登場します。タイトルには入っていないものの、二人とは全く異なる、そして凄まじく説得力のあるそのキャラ造形は必見。これは確かにモテる……!

 ちなみに同じ作者のこちらの作品では、紫式部の方がアレな立場なのですが……


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