田中文雄『髑髏皇帝』 後醍醐帝の魔に挑む少年二人、足利直冬と北条時行!
足利尊氏の庶子・直冬、そして北条高時の遺児・時行が、後醍醐天皇に憑いた奇怪な魔物と対峙する時代ホラー長編です。尊氏に都を追われ、吉野に逼塞する後醍醐天皇の前に現れた異国の魔――吉野で相次ぐ奇怪な事件の謎を追う若き武士たちが、魔に挑みます。
本作の舞台となるのは、鎌倉幕府の滅亡、建武の新政の失敗、南北朝の動乱と、うち続く動乱の時代。その渦中でそれぞれに父母と早くに引き離され、肉親の温かみをほとんど知らぬ中、打ち続く戦乱の中で懸命に生きてきた二人の少年が、主人公であります。
若き日の足利尊氏と土地の娘の間に生まれながらも、何故か尊氏に強く疎まれ、庶子として鎌倉の寺に預けられた足利直冬。その尊氏らによって鎌倉幕府を滅ぼされ、父・北条高時や兄を始めとする一族郎党を失い、諏訪に逃れた北条時行……
鎌倉幕府滅亡後、寺を出た直冬は、叔父・直義の養子として育てられ、後醍醐天皇方と袂をわかった足利家の一員として戦うことになり――一方、諏訪で育った時行は、北条の遺児として起ち、一度は鎌倉を奪還するも敗北、ただ一人北に走り、北畠顕家の庇護を受けることになります。
そして各地を転戦する中、吉野の後醍醐天皇の下に使者として赴き、そのまま吉野守護を命じられることとなった時行。そこで年の近い楠木正成の遺児・正行と交誼を結ぶ時行ですが、やがて吉野で奇怪な事件が続発しているのを知ります。
次々と姿を消す後醍醐天皇の侍女、何者かによって奇怪な死を遂げた足利方の暗殺者たち――そんな中で正行の前には父の亡霊が現れ、時行は夜に響く不気味な女たちのすすり泣きを耳にするのでした。
一方、高師直が独断で送った暗殺者たちの謎めいた死の様を知った尊氏は、不吉な予感を覚え、直冬を密かに吉野に送ります。そこで直冬は、今は亡き新田義貞の愛妻・勾当内侍が、奇怪な女怪たちに襲われるのを目撃、駆けつけた時行と肩を並べて魔物と戦うことになります。
復命した直冬に、後醍醐天皇が以前隠岐に流された際、そこで出会った元軍の亡霊が憑いていると語る尊氏。そして尊氏の命の下、直冬は時行と呉越同舟、魔物と対決すべく、隠岐に向かうことに……
というわけで、いまや一気に知名度が上がった北条時行と、これから上がるであろう足利直冬を主人公とした本作。
作品が発表されたのは今から約30年前の1995年ですが、現在の状況が予見できるはずはないにせよ、その着眼点のユニークさは、さすが様々な(伝奇)ホラーを発表してきた作者だと感心させられます。
なるほど後醍醐天皇といえば、教科書に記される事績だけでも非常にユニークな人物。それに加えて、かの立川流の大成者とも言われ、本作でも出番の多い文観上人に帰依していたといわれるなど、伝奇ものの題材にぴったりな人物であります。
そこにさらに、かつて帝が隠岐に流されていたことから、元寇と絡めてみせたのは、実にユニークな着想というべきでしょう。
そしてその異国の怨念と帝の妄念が結びついた魔物――ある意味戦乱の象徴のような存在に挑むのが、直冬と時行(そして出番は少ないものの正行)という、父の世代が起こした戦乱に翻弄された、この時代の申し子というべき少年たちという構図も、巧みと感じます。
このように設定、キャラクターともに実に魅力的な本作なのですが、実際に読んでみれば、鎌倉幕府滅亡から南北朝動乱までの歴史のダイジェスト、つまり物語の前史ともいうべき内容が、全体の七割ほどを占めているのに驚かされます。
もちろんこのダイジェストがなかなか良くできている上に、随所に直冬と時行の視点が入り、本編(?)と密接に結びつく内容ではあるのですが――時代伝奇ホラーを期待して読み始めたのに、なかなかそれが始まらないと鼻白むのも正直なところです。
どうしても読者の多くに馴染みの薄い時代、馴染みの薄い人物を描くのに、それだけの必要であったのだろうとは思いますが……
ちなみに本作の尊氏は、ある理由で直冬を遠ざけつつも、そこまで厭な人物ではなく、むしろ終盤は主人公たちの後ろ盾になる立ち位置。後醍醐天皇のことも最後まで信じ、救おうとする、ある種の人の良さも、それなりに納得できます。
そんな尊氏が後醍醐天皇と袂を分かつのが、文観の増長であったり、直義の強硬派ぶりだったりするのも、なかなかうまいアレンジというべきでしょうか。
そんなわけで、構成には難があると言わざるを得ないのですが、やはり題材の独自性・新奇性は大いに光るものがあります。万人にお勧めする――とはいえないものの、いまは電子書籍で手軽に読めるだけに、興味のある方は手を取ってみていただければと思います。