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ペイフォワード~私が失敗を恐れなくなった理由~

ペイフォワード
ペイフォワード(Pay It Forward)とは、他者から受けた善意や親切を、その人に返すのではなく、別の誰かに渡すことで善意を次の人へと繋いでいく行動や考え方を指す。
日本語では「恩送り」とも呼ばれている。

Chat-GPTに一部補足

誰でも失敗はしたくない。
「失敗するのは良くない」
日本人の多くに刷り込まれている概念だ。


もちろん、私にも刷り込まれていた。
その概念が覆ったときの話をしようと思う。
新入社員時代の話だ。


今から約30年前、時は平成後期。
私は昭和時代のなごりが漂うオフィスで働いていた。


3ヶ月間の研修を経て配属された部署は、
2つのグループに分かれ、課長と次長がそれぞれの長を担っていた。
部全体を束ねていたのは部長だ。
部長席は入り口から一番奥にあった。
新卒の私は入り口に一番近い席だったので、
文字通り部長は遠い存在だった。


私は入社3年目の若手の男性社員とペアを組まされた。
他にもメンターとして女性の先輩が日常対応に必要なこと、正式な文章の書き方やマナーなどを指導してくれたが、
主に仕事をするのはペアを組んだ男性社員だった。


この男性社員がちょっと変わっている。
具体例を出すとキリがないが、
やることなすこと、言動を含め、すべてが微妙にズレていて、トンチンカンなのだ。


仕事にはなんの関係もない独自の発想やマイルールがあり、嬉々として自分のやり方で仕事を進めて行く。



新卒の私でさえ
「大丈夫なのかな?」
とハラハラしたり、
「それは違うんじゃないか」
と日々感じていたくらいだ。


そのせいか、先輩とはちょっとした口喧嘩が絶えなかった。
配属されて3ヶ月、入社して半年経つころには、業務にも慣れ、一通りのことはこなせるようになっていたので、
先輩に対する口撃も遠慮がなくなっていた。


事件はそんなときに起きたのだ。
なにをしでかしたのかは覚えていない。
とんでもない失敗をしたことだけは覚えている。
なぜなら、部長に報告に行かなくてはならなくなったからだ。


新卒の私にとって部長の存在は遠いまま。
仕事も部長から私に直接指示をすることはない。
直属の先輩か、メンターの先輩を通してか。
時々、課長が介入してくるだけで、
私の日常業務は二人の先輩と課長で完結されていた。


部長は忙しかったので席にいることも少なかった。
姿を見かけると挨拶をする程度、
私にとって部長はそんな存在だった。


なのに、私の日常に部長が入り込んだ。
それだけで事の重大さが察せられた。
いつもはトンチンカンな先輩の面持ちも神妙だ。
そのときばかりは、生意気盛りの自分は小さく小さく、砂粒のように小さくなっていた。


入社してからしでかした、初めての大きな失敗。
どうしたらいいのかわからない。
頭はパニックだ。


部長から会議室に来るように言われた。
「席」ではなく「会議室」
事の重大さを感じる。


怒鳴られるのか。
始末書を書かされるのか。
もしかしたらクビになるのかも。


パニックの頭では、そんな幼稚なことしか考えられない。


失敗してしまったこと。
先輩や部長にまで迷惑をかけてしまった申し訳なさ。
情けなさと悔しさ、みじめさ、そして自分の無力さに押しつぶされそうだった。
表現できない感情に押し出されるように、熱いものが込み上げてくる。


部長を前にしたときは、多分、震えていたと思う。
入社以来、正面きって部長と対面するのは半年ぶりだ。


先輩が淡々と報告をする。
私は震えながら下を向いていた。
先輩が話し終わるのを待って、
「申し訳ございませんでした」
声を絞り出すのが精いっぱいだった。
今にも消えそうな声。
蚊の鳴くような声とはあの時の声のことだと思う。
蚊が鳴くのを聞いたことはないけど。
許されるならその場から消えてしまいたかった。


部長を前に涙を堪えるので必死だ。
「会社で泣いてはいけない」
堪えれば堪えるほど、涙が溢れそうになる。


「君は反省しているんだね」
予想に反して優しい声で部長が言った。
「本当はどうすれば良かったのかな?」
私は下を向いたままだ。
顔を上げたら、絶対に涙がこぼれる。


涙をこらえながら自分なりに考えた。
「何がこんなことを引き起こしたのか」
「私はどうすれば良かったのか」
「これからどうすべきなのか」

蚊の鳴くような、半泣きしているのを隠せなくなった私の声は聞き取りずらかっただろう。
「うん、うん」
部長は優しく頷きながら聞いてくれた。



私が話し終わると
「おめでとう!」
突然、大きな声を出した。
それも満面の笑で。


びっくりして部長を見ると
「失敗おめでとう!」
もう一度、大きな声が会議室中に響いた。


なにが起きたかわからない。
「・・・怒鳴られるのでは?」
「・・・始末書は?」
「・・・解雇は?」
まだ私はそんなことを考えていた。
ちなみにトンチンカンな先輩も状況が飲み込めず、私の隣でフリーズしていた。


「大きな失敗はできるだけ早くにするといい」
静かに部長が言った。
「たしかに君は大きな失敗をした。でも、ちゃんと反省している。どうすればいいかも自分で考えた。これをね、成長と言うんだよ」
私の目から大粒の涙がこぼれた。


「今回の失敗で君は成長した。まだ入社一年目だ。もっと成長できる。
失敗が君を成長させることもあるんだ。だから大きな失敗をできるだけ早くして欲しい。でも3つまでね。」

茶目っ気たっぷりに笑っていた。


私の涙腺は完全に決壊した。
会議室の壁など役に立たないほど、
大きな声でわんわん泣いた。
会議室の前を通った人はさぞビックリしたことだろう。
入社、半年目にして私は会社で号泣してしまったのだ。


なぜだかわからないが、
トンチンカンな先輩も隣で涙ぐんでいた。
いいヤツなのかもしれない。


つけ加えるように部長が言った。
「覚えておいて欲しい。君のミスで会社がひっくり返るようなことはない。
君がなにかやらかしたとして、その責任を取るのは私たちだ。
ミスをしたら反省をして、次に生かす。
学ぶんだよ。すべての仕事からね」


部長のあの一言で私の人生は変わった。
失敗を失敗と思わなくなったのだ。
失敗は成長への起爆剤だ。
そこに反省と改善があるのなら。
失敗はただの出来事に過ぎない。


大切なのは、どんなことからも学ぶこと。
学びや気づきこそが成長に繋がるのだから。
あのときの出来事は、私の生きる軸にもなっている。



すべてのことが学び。次に生かして成長するための学び」


新卒で入った会社を退社した後、
何回か転職をした。
部長のあの一言で、
私はやりたいことにチャレンジし、
チャンスをつかむことができる人間になった。



時は流れ、私も部下を持つ立場になった。


部下を持つようになって、わかったことがもう一つある。
あのとき、部長が言ってくれた通り、私は守られていたのだということ。
もちろん、部長が私にかけてくれた言葉は生涯の宝で財産だ。



だがトンチンカンな先輩も、部長に報告するときに私を責めるようなことは一言も言わず、むしろ自分の力量のなさだと言ってくれた。
ふだんは生意気な口をたたいている、
決してかわいい後輩ではなかった私を上司として守ってくれた。


私は一人で勝手にここまで来たのではない。
関わってきた沢山の人の想いこそが、私を成長させてくれたのだ。


話を現代に戻そう。



私は小さな会議室で部下を待っていた。
部下が失敗をしたときは空気でわかる。
まるであの時の自分を見ているようだ。


うつむきがちな顔は神妙だ。
全身から緊張がみなぎっている。
まわりの空気まで緊張させるくらいガチガチに緊張している。
勇気を振りしぼって報告してくれたとき、
あの日、部長がかけてくれた言葉をかける。
「失敗おめでとう」


部下はきょとんと立ち尽くす。
あの日の私のように。
なにが起きたかわからないという顔でポカンとしている部下に、
私は心の中でエールを送る。



どんどん失敗して、
ぐいぐい吸収して、
ぐんぐん成長して、
あなたの仕事や人生を楽しんで。


その時、あの日の部長の心の声が私に届いた。


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