みんなSEXの話をしていた
繁殖期の蝶がワラワラと集まってくるように、
そのあたりの空気は若い女の鱗粉でキラキラしていた。久美、ゆかり、裕子、明美、純子、洋子、それに真由美まで。1年間の短期留学生として、羽田発、アメリカ シアトル経由ユージーン行きで旅立つ私を同級生が見送りに来てくれた日のこと。
空港のカフェでよくある、見慣れた光景。
プクプクと、笑い声のバブルが湧き起こっては弾け、誰ひとりとして相手の話を聞いている者はいなかったけど、21歳の女達はみんなよくわかっていた。
みんなSEXの話をしていた。
この中でSEXをしたことのあるのは誰なのか。明美なのか、いや案外、洋子なのかもと、久美は勘繰っていたし、真由美の話はちょっと出来過ぎだ、と純子は思っていた。
あの日、ほぼ全員が処女で、全員、頭の中はSEXでいっぱいだったけど、誰ひとり答を持っている者はいなかった。
「どうしたらSEXできるか」
誰とでもじゃあダメだから、、
「どうしたらいい男とSEXできるか」
「どうしたらいい男とSEXして結婚できるか」
「どうしたらいい男とSEXして結婚して一生シアワセでいられるか」
「いってらっしゃーい」「頑張ってねー」
搭乗ゲートで、私と握手しながら、全員が同じことを言っていた。「お、と、こ」(翻訳:アメリカでいい男みつけて来てね)翻訳機能の付いていない私の両親はニコニコしながらそれを聞いていた。
いい男 x SEX = 結婚 = シアワセ
21歳、あの頃、
シアワセの方程式は単純だった。
いい男がどういうものなのか
SEXがどういうものなのか
何ひとつ知りもせず
よくわからない変数でできた、乱暴な方程式
= 本能に従っていた。
そうだった、そうだった。
あの日、蝶たちは
本能に従って、上昇気流に乗って行ければ、どこかにたどり着けると信じていたんだ。
私ですか?
はい
その時の写真には、
額にデカデカと「SEX」と書いてニコニコしている私が写ってる。ぱつんぱつんのスーツケースを合衆国入国審査で開けさせられた時、長い間酸欠で窒息寸前だったSEXが真っ赤な顔で飛び出して、シアトルの税関を驚かせた。
あの頃の蝶たち(まだ元気かしら)
シアワセの変数、変わったかな、
増えたかな?
あの後ひとりひとりの方程式どうなったのか、聞いてみたい気もする。