寅さん先生
そういえば、塾に行っていた。
あんなに楽しかったこと、忘れてたなんてどうかしてる。5年生の時からだったか、小学校最後の2年間、私は塾に行っていた。というより遊びに行っていた。
放課後毎日のように集まっていた原っぱに来なくなった友達を問い詰めたら、
「じゅくに行ってるんだ」
「じゅくって何さ?」
「楽しいから、いっしょに行こうよ」って
ピクニックに行くように誘われたのがきっかけだった。原っぱで遊ぶ時間が少なくなったけど、それを補ってお釣りが来るほど面白かった。
それは冬のコロッケ。夏のアイス。
塾ではクラスの子、10人かそこらに競わせて、一人でもテストで満点を取る子が出たら「その子のお手柄」として、先生からコロッケ(かアイス)を奢ってもらえるのだ。
なんと全員に。
おっ〇〇、100点か!おーし、コロッケ買って来―い!と、先生がポケットからジャラジャラ出してくれる十円玉人数分を握りしめて(コロッケの相場、当時10円ほど)商店街の肉屋さんに走って行くときの誇らしさと言ったらなかった。揚げたてコロッケの美味しさと言ったらなかった。
夏は夏で、棒付きアイスキャンディ。
100点取った子はまるで満塁ホームランバッターの気分。クラス中の声援の中、アイスを買いに走る、走る。(子どもはみんな、すぐ走る。)アイスは美味しいし、自分はヒーローになれるし。家に帰って「今日塾で100点取ったんだよ」と報告する時の優越感はクセになる。
11歳の子どもの胃袋と脳は直結している。
教え方も上手かったが、それを知っていた塾の先生は天才ではなかったか。勉強はゲームで、友達は対戦相手で、コロッケやアイスはご褒美だった。
パブロフの犬で何が悪い。
テスト用紙を見てヨダレが出てくるようになればしめたものだ。不純、と言えば不純だが、純粋、と言えばこれほど純粋な行為も無いのでは。
あの頃、塾の先生は皆30代だったと思う。
まだ受験戦争などという物騒なものに占領される前だったからか、先生も子どもも「のどか」だったように思う。
クーラーなどというものも無かった。
夏はステテコ、内輪という姿(まるで寅さん)、大声で黒板に書き殴り、チョークの粉だらけ、汗まみれになりながら教えてくれる、お世辞にも上品とは言えない、小学校の先生より口の悪い、でもめっぽう面倒見の良い先生達を私達は、尊敬しつつアニキのように慕っていた。入試当日、受験会場に駆けつけてくれた塾の先生を見つけた時は、似合わない背広姿に驚いたけど、心底嬉しかった。
あれはスーパーなどというものに商店街が占領される前、町の雑貨屋の2階、きしむ裏階段をカンカンカンと上がった安普請の3部屋。ベニヤ板の机の裏には、前のクラスの子の「噛み終わったガムのカス」が張り付いて(マーキングされて)いて、うっかり触ってしまう度に「キャッ」と飛び上がったし、トイレは、、、今でも思い出すと鼻がつ〜んとするほどの迫力だったけど、
あの時間を忘れていたなんて、私ホントにどうかしてる。