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バイキング

はぁー。。
アカリは、自分がため息をついたことに気付いた。
サヤと会った後は、なんとなく、疲れるんだな、と思った。

アカリとサヤは同じ大学で美術を専攻している。
高校が同じだったが、そのときはほとんど接点がなく、顔を知っている程度だった。
たまたま同じ大学の同じ専攻に入学したことで、行動を共にすることが多くなった。

サヤは、控えめな印象だが、周りに気が遣えて、学業にも真面目だし、良い子だと思う。
アカリとケンカになったこともない。
だけど、何となく疲れる。

今日は、デザインの授業があった。
パソコンで、本の表紙をデザインしてみる、という授業だった。
アカリは文字フォントとテキストの配置に力点を置き、全体的にシンプルなデザインを作った。
隣の席で作業していたサヤは、鮮やかな色合いで、明るい印象のデザインを作っていた。

授業の途中、教師がそれぞれの席を回って一言ずつアドバイスを伝えた。
アカリは、印象に残るように、ワンポイントとなる挿絵を検討してみてはどうか、と言われた。
その修正作業をしていると、隣に移動した教師がサヤに、色合いのバランスが取れていない、というようなことを言っているのが聞こえた。

授業の終盤、学生は全員席を立ち、それぞれの作品を見て回った。
みんな個性があっておもしろい。
自分とは違う。自分は発想しないような作品を作っている。

わいわい騒ぎながら同級生たちの作品を論評しあった。

授業が終わり、パソコンや荷物を片付けていると、サヤがアカリに聞こえるようにつぶやいた。

「私、向いてないのかなー」

聞いてみると、自分としては自信があったが、教師に指摘されたこと、他の学生の作品が魅力的に感じたこと、などを話した。

アカリは相槌を打ちながら、それぞれの作品に違った良さがあるんだし、私たちはまだ勉強中なんだから、と言って励ました。
サヤはそれでも、うーん、と沈んでいる。

一緒にキャンパスを出て、駅まで歩いた。
その間、サヤはまだ俯き加減で、落ち込んでいるように見えた。

大丈夫だよ、と我ながら根拠はないな、と思いながら励まし続けた。

サヤにセンスがあるのか、向いているのか向いていないのか、自分にはよく分からない。アカリから見れば、みんなそれぞれ個性的で、比較はできないと思った。
作品に好き嫌いがあったとしても、良い悪いは分からない。それが本心だった。

駅に着いて、サヤと別れた。乗車する電車が異なる。
電車に乗って、空いていた座席に座ったとき、思わずため息が漏れた。
向かい側の座席には、3~4歳ぐらいの男の子とそのお母さんが座っていた。

男の子が持つバッグに小さな象のぬいぐるみが付けられていた。
それを見て、前にもこの電車で会ったことを思い出した。

一月ほど前のことだ。
今日と同じようにアカリが座席に座ってため息をついたとき、その親子が座っていた。そのときも、男の子は象のぬいぐるみが付けられたバッグを持っていた。
お母さんに楽しそうに話しかけていて、なんだか癒されたのだ。

その日のため息も、原因はサヤとのやりとりだった。

サヤはデッサンがとてもうまい。
その日はデッサンの授業があり、今日と同じように、互いの作品を見せ合った。サヤは生き生きとしていた。
アカリの作品を見て、影のつけ方をアドバイスしてくれた。自信があるのだろう、堂々とした言い方だった。

素直にアドバイスを聞いたつもりだが、サヤが「自分の方が上」という意識を持っていることを、アリアリと感じて、あまりいい気はしなかった。
気にしないようにしながらも、心の中にモヤモヤしたものが残り、一人電車に乗ったときにため息をついたのだった。

悪い子じゃないけど、なんだか、疲れる。

サヤに対してそう思った。


数日後、二人で話しているとき、春休みに何をするか聞かれた。
アカリは彼氏と旅行に行く計画があったが、それをサヤに言っていいものか迷った。
アカリには彼氏がいるが、サヤにはいない。

あえて言う必要のないことだ。

「春休み、何するか、全然決まってないよ」
そう答えた。
「そうなんだ。でも、アカリは彼氏と遊びに行ったりするんでしょ?良いなー」
「まだ、分かんないよ」
「私なんか、きっと、毎日一人で家に閉じこもってマンガ読むか、お母さんと話しているぐらいだよ」

サヤは部活もアルバイトもしていない。友達も多くない。

「それも自由で良いと思うよ。好きなことばかりできるんでしょ?」
「全然だよ。おもしろくない。ただ、無駄に毎日が過ぎていく。アカリみたいに色んな用事があったり、彼氏がいたりしたらなー」

「サヤもきっと、大丈夫だよ。何か楽しいことが絶対あるよ」
つい、根拠なく言った。

「何もないよ。アカリみたいに彼氏がいて、友達も多い子には、分からないよ」

サヤはそう言って、ため息をついた。

アカリは何も言わなかった。話題を変えたくなった。



また、電車でため息をついた。

いつもの座席に座ると、前の座席に子どもが座っていた。かばんに象が付いている。
あ、あの子だ。
今日は母親とではなく、父親と乗っていた。

「パパ、バイキングってなあに?」
「好きなものをいくらでも食べていい、ってこと」
「全部食べてもいいの?」
「いいよ。食べても、食べても、また作ってくれるから、好きなだけ食べていいんだよ」
「行きたい!ぼく、ぜんぶ食べる!」
「じゃあ、今度ママに相談してみよう」

どうやら車内の吊り広告にバイキングの記事が掲載されていたため、その話題になったようだ。
全部食べる、と本気で思っているところが可愛らしい。

「ねぇ、パパ。ピーマンもあるかな」
「あるんじゃないかな。何でもあるよ。カレーも唐揚げも、ケーキも」
「ピーマンも食べなきゃダメ?」

父親は優しく答えた。
「バイキングは、好きなものだけ、食べていいよ。食べたくないものは食べなくて良いんだ。ケンスケが食べなくても、ピーマンを好きな人が他にいて、その人が食べるから大丈夫」

「じゃあ、カレーとか、ハンバーグとか、好きなものばっかり食べて良い?」
「それで良いよ」
「ブロッコリーとトマトも食べなくていい?」
「いいよ」

おうちで、ママがお皿に乗せたものは食べなくちゃいけないけどね、と付け足した。

男の子が象のぬいぐるみに話しかけた。
「ピーマンの代わりに、リンゴをいっぱいあげるね。好きなものだけでお腹いっぱいになれちゃうよ」


会話を聞きながら、人間関係もバイキングみたいに考えてもいいかも、とアカリは考えた。
好きなものだけ、食べたら良いではないか。
わざわざ、好きじゃないものに手をつける必要はあるだろうか。

私のお皿に乗せる物は私が決めていいはず。

それでいいじゃん。

サヤとは少し距離を置いてみよう。

気分が軽くなり、思わず、口元が緩んだ。
男の子と目が合うと、男の子も微笑んだ。





この人と会った後、何だか疲れるなーということありませんか?
怒られたとか、嫌なことを言われたとかでもないのに、自分の気分が下がってしまうような。
そのときの会話を引きずって、後で何だかモヤモヤしてしまうような。

全員と仲良くする必要はないんですよね。
自分と合う人もいれば、合わない人もいる。
当たり前です。

たまたま、物理的に近い距離に居る人のことが気になってしまいますが、世界には80億の人間がいます。
今、身近にいるというだけのその人から距離を取ったとしても、何も問題はないはずです。
一緒に居ると心地良いと思える人は必ずどこかに居ます。

なんだか行き詰った感じになっていたら、ときどき、視点を変える、活動する場所を変える、付き合う人を変える、ということも良いかな、と思います😆

それも、自由にできるはずです。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました✨✨✨

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