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瀬戸賢一編『おいしい味の表現術』感想

 言語学者のグループ「味ことば研究ラボラトリー」が書いた、「おいしい」を伝えることばの本である。SNS等に「食べたもの」の写真をアップする人が読むと楽しいはず。
 たとえば「コク」ということばがある。ビールからコーヒー、フレンチ、ラーメン、デザートと何にでも使われる。では「コク」の共起表現(コロケーション)はどうなっているのか。つまり、「コク」はどんな語と一緒に用いられるのか。本書ではコーパスからそれを探っていく。言語学研究者グループらしい分析だ。

コクの正体とは

Bコーパス(現代日本語書き言葉均衡コーパス BCCWJ、以下Bコーパス)によると、コクは「出」「加」「増」の三つが代表的である。コクの程度が増すのを「深まる」「強まる」 ととらえる点にも注目。

 コーパスというのは言語データベースだ。BCCWJと聞くと馴染みがなさそうだが、「少納言」といえば、ことばを商売とする人なら使ったことがあるかもしれない。
 コーパスで「コク」に続くことばを調べたところ、コクは「出る」もので、「加える(足す)」もので、「増える」ものでもあったと本書では述べている。わたしはBCCWJ、つまりBコーパス(少納言)は日頃から使っているが、「コク」のコロケーションを調べたことはなかった。そう言われてみればたしかにそうだ。この本、なかなか楽しそう。さらに、コーパスからコクは「深まる」「強まる」ともいうことが示されている。
 この本ではもう一歩踏み込んだ考察結果で、コクの正体を看破している。

奥行きを与える味がコクの見逃せないポイントなのだ。
 時間が経つにつれ、味が水平・垂直下方向に同時に広がって立体感を生み出し、その立体を満たしていけば、当然その味わいは増す。コクの正体みたり!
  垂直方向の深さとは、味が薄っぺらな表面だけのものではなく、多層的であるということだ。つぎつぎと新たな味の層が現れて舌を楽しませる。またひとつの層(のそれぞれ)に厚みがあれば味が持続する。さらに水平方向への味の展開とは、垂直面の味の変化が口の入り口あたりから奥へ向けて維持されて進み、かつ口内の中ほどや奥でしか感じられない味も感知するということである。 

コクの正体とは、立方体、つまり三次元であった。まず一本の線をイメージする。これが一次元。次に線に奥行きを与える。線と同じだけの奥行きを与えれば正方形となる。これが二次元。さらにこの正方形を、下方向に垂直に伸ばしていく。これで三次元の単位、縦、横、高さが出てくる。高さと一辺の長さが同じになれば立方体の完成というわけだ。本書では立方体の図を書いて「コク」を表現している。これはかなりの発見である。
 もうひとつ本書で面白いのが「味ことば」である。

 味ことばとは何か

  味ことばは「味を表す一般性のあることば」を意味する。「味」とは実際に食べたときの味わいがもちろん中心だが、味を作る途中のプロセスや食材の状態なども含む。
 
 味ことばは味の表現を体系的に扱う。「まずい」や「臭(くさ)い」などもいっしょにして。そして私たちの食の表現と五感の働きをわかりやすく正確に分類・整理する。 

 味の表現を体系的に扱う語が味ことばだが、これはさらに、「食味表現」と「味まわり表現(「味の周りにあって、味の形成に参加するものの特性の表現」)」の2つに分かれるそうだ。
 味まわり表現には、素材や調理プロセスに関するものから、作り手、道具・設備、料理、食べ手、反応、そして場所や時間に関するものまであり、幅広い。このうち「調理プロセス」は、無添加、無着色、熟成させた、じっくり発酵させた、オリーブを練りこんだ(パスタ)、手作りの、秘伝の製法など、「ほとんど(書き手の)やりたい放題、創意工夫の夢舞台」であるとされている。調理プロセスには、作り手(「一流シェフの味」「おふくろの味」等)と道具(「包丁」等)・そして料理ができて、食べ手が反応する(「海の宝石箱」等)。これに場所(ワインなら「ブルゴーニュ」「ボルドー」)、時間(「作りたて」、「伝統の味」)が加わって、味まわり表現はほんとうに多彩になっていると紹介されている。
 このあたり、言われないとわからなかった。「ちょっと贅沢したレストラン」や「今日作ったいつもの一品」の写真を誰もが気軽にSNSにアップしてはいるが、その味を語るとき、こんなことを考えて書いている人が本書の執筆陣以外にいるだろうか。
 本書の内容を踏まえたうえで、「今日のランチ」について書く人とSNSでつながっていたら、さぞかしおもしろいだろう。レストランを紹介する雑誌を読んでいる感じになること間違いない。誰か書いてくれないかしらん。

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