親を着信拒否にしたこと喋ったらウケた
ラジオの最新回。
小さなことから自分で決めて動くことの大切さを改めて感じました。
惑わされない自分をつくる、って
「人間関係、断捨離するぞ!」みたいなイベント的にやるのではなく
その時々で、一つ一つ、直感に従って
自分の責任でやることの積み重ねなんだな。
私が親を着信拒否にしたとき、
誰にもどこにも決意表明とかしなかった。
これをやれば自分はラクになる、という確信もなかった。
やるしかないから、ただやった。
それで、すごく息がしやすくなった。
実家は特に暴力とかなく、私はちゃんと育ててもらったと思う。
予備校も大学も行かせてくれた、血のつながった両親。
そんな彼らと一緒にいる時、関わっている時、
「何やってんだろ私」という感覚があった。
家族団欒とか、まじで、ヘンな儀式すぎる。
そんなこと思っちゃいけない、親孝行せねば、と考えたけれど
我慢できなくなって逃げた。
我慢していた時は「あの人たち私を緊張させる!」って
被害者意識みたいなのがあったけど
彼らは別に悪くなくて
私が、自分にふさわしい場所を選んでなかっただけだ。
・
自分がやったこと、やっていること、
やろうとしていることが
ベストな選択かなんて確かめようがない。
「私はこれで合っている」と思いたくて
なんやかんや時間稼ぎをする自分もいるけれど
結果を考える前に、直感で、
今の身体を信じて動いていきたい。
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