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#10 シミュレーションによる個人と組織の変化 PART1
近年、グループディスカッションやロールプレイングを取り入れたインタラクティブな研修が増加し、その有効性が注目されています。
しかし、一部からは「個人学習よりも効果がない」「楽しいだけで実務に役立たない」との声も聞かれます。それでも、体験型研修は、一人での学習や講義形式では得られない実践的な知識を獲得できるメリットがあり、導入が進んでいます。
体験型研修は、単なる知識の習得を超えて、学習者個人の学びはもちろん、学習者同士の相互作用を通じて新たな知識が生まれるという独自の効果を持っています。
本記事+次回の記事では、全2回にわたって、その解説を行いたいと思います。具体的には、個人の変化・組織の変化に分けて解説する予定です。
本記事では、まずは個人の変化に焦点を当て、個人の学習に効果的な影響をもたらす「シミュレーション」を活用した体験による学びについて解説します。
「体験型研修のメリットが気になる」「効果的なシミュレーションを実現する手段が知りたい」といったテーマが気になる方はぜひご覧ください。
はじめに
ビジネスには、様々なフレームワークが体系化されて存在しますが、現実のビジネス環境は理論通りに進むわけではありません。
現代は「VUCA時代」と呼ばれるほど、不確実で複雑な要素が絡み合うため、理論を知っているだけでは不十分です。そのため、ビジネスの実践では、フレームワークを応用し、複雑な状況に柔軟に対処できる能力が求められます。
そこで、その実践力を養うトレーニングとして有効な手段が「シミュレーション」です。シミュレーションは、現実世界や仮説に基づくモデルを再現し、擬似的な空間で実際に体験する仕組みを提供します。
以下では、体験型研修の中でも有効なシミュレーションと、それを実現するためのビジネスゲームについて紹介します。
より具体的には、次の3点に沿って紹介を行っていきます。
・シミュレーションによる経験学習のプロセス
・ビジネスゲームは経験学習の効果を最大化する
・ビジネスゲームを効果的に活用する方法
シミュレーションによる経験学習のプロセス
以前の記事で、有用な知識について解説しました。シミュレーションは、実際に問題が発生した場面で適切に対応できる「有用な知識」を獲得するための手段です。有用な知識は、以下の3つの要素から成り立っています。
・一般性:様々な場面で活用できるか
・関係性:他の知識やスキルと関連しているか
・場面応答性:必要な場面で即座に活用できるか
これらの知識は、シミュレーションを通じた実践的な場面で獲得され、講義形式だけでは得にくい学びを提供します。講義形式の学習では、知識が単に言葉として伝達されるため、実際の場面でどのように活用されるかが不明確になることがあります。
一方で、シミュレーションでは、実際に問題解決を行う体験を通じて、構造的かつ実用的に知識が伝達され、学習者はその知識を活用できるようになります。
さて、ここまでシミュレーションによる学習の有効性について解説してきました。以下では、私たちはどのようにシミュレーションから学ぶのかにフォーカスを当てて説明します。
このシミュレーションを通じた学習は、David A. Kolbが提唱した「経験学習モデル」に基づいて行われます。このモデルは、以下の4段階で学びのプロセスを示しています。
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・経験:実際に何かを体験する
・内省:経験について振り返り、気づきを得る
・概念化:気づきを一般化し、他の状況にも応用可能な知識にする
・実践:新たな知識を他の場面で実践する
シミュレーションは、この学習サイクルを効果的に回す手段として優れています。長期間にわたるビジネス経験を短期間で体験できるため、学習者は多様なシナリオに対応する力を効率的に養うことができます。
ビジネスゲームは経験学習の効果を最大化する
では、シミュレーションをより効果的に学習へ活用する方法はあるのでしょうか。
その方法として、ビジネスゲームが挙げられます。シミュレーション自体が現実を忠実に再現することに重きを置くと、内容が退屈になりがちですが、ビジネスゲームはその問題を解決する一つのアプローチです。
ゲームの要素を取り入れることで、学習者のエンゲージメントを高め、学びを楽しいものに変えることができます。
ビジネスゲームでは、現実を完璧に再現するわけではないものの、学習内容に焦点を当てた分かりやすい環境が構築されます。これにより、学習者はシミュレーションを通して効果的に内容を理解し、実践することができます。
ビジネスゲームを効果的に活用する方法
では、最後に効果的なシミュレーションを実現するための手段として、ビジネスゲームを用いた際のポイントについて紹介します。
ビジネスゲームを最大限に活用するためには、省察と概念化のプロセスが重要です。ビジネスゲームは、実際にビジネス場面を体験させ、学習者に即興的な判断を求めます。
しかし、内省や概念化をゲームだけで促すのは難しいため、ファシリテーターによる振り返り、インプットとしての講義が重要な役割を果たします。
・経験(ゲーム):実践体験の中で、学習者はその活動に役立つような成功体験・失敗経験を積んでいく
・省察(ゲーム+振り返り):実践体験を振り返り、その後の活動に役立つと思われるエピソードを抽出する
・概念化(ゲーム+講義):抽出したエピソードについて検討を進め、学習者はその後の活動に役立つ独自の知見を紡ぎ出す
・実践(ゲーム):概念化した対応策を用いながら、それらの状況を乗り越えていく
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つまり、ゲームをやって終わりではなく、学習体験としての全体設計が必要です。ここで、省察と概念化のポイントについて、それぞれ紹介します。
〈省察のポイント〉
学習者が、自分にとって何が役立つ経験か抽出するのは非常に困難です。次々と起こる問題と向き合っている最中に余裕はないため、一歩離れてゲーム経験を振り返る必要があります。振り返りを理論的に整理し、応用可能な知識に変換するためには、適切なファシリテーションが欠かせません。
〈概念化のポイント〉
アカデミックな理論が非常に役立ちます。ゲームで得た経験が、理論をもちいることで概念化され、他の場面でも引き出しやすくなります。理論を自分の経験を照らし合わせるための「鏡」として活用することで、理論と実践の統合が促進され、学習者はより深い洞察を得られるでしょう。
まとめ
シミュレーションは、体験を通じて深い学びを提供する強力なツールですが、その効果を最大限に引き出すためには、経験学習のサイクルを適切に回すことが重要です。
そして、ビジネスゲームの要素を加えることで、学習者のエンゲージメントを高め、楽しく学べる環境を提供しつつ、効果的な学びを促進します。
ゲーム、ファシリテーション、講義を組み合わせることで、学習者は現実世界に適用可能な実践的なスキルをシミュレーションを通して獲得できるでしょう。
次回の記事では、組織開発の観点で、シミュレーションはどのような効果があるかを紹介します。
本記事が、皆さまの今後のゲーム学習に対する考えや学びへのヒントになれば幸いです。
もっと詳しく知りたい方へ
中原 淳 編著 / 荒木 淳子、北村 士朗、長岡 健、橋本 諭 著(2006)企業内人材育成入門
松尾 睦(2006)経験からの学習-プロフェッショナルへの成長プロセス-
筆者:大空 理人
東京大学大学院 学際情報学府 修士課程。Ludix Labにて、人の学びや成長につながる「楽しい経験」を創り出す学習コンテンツの設計や教育プログラムのデザイン方法論を研究。また大学院進学と同時に、株式会社NEXERAに新卒入社し、クリエイターとしてビジネスゲーム及び研修カリキュラムの企画、開発、運用を行う。2023年に『ELSI Game Lab』を設立。科学技術と社会の接続・課題解決にも努める。
東京大学 ELSI Game Lab:@ELSIGamelab
大空 理人:@masato_edut