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天城山からの手紙

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伊豆新聞で2018年10月より連載スタートした、天城山からの手紙-自然が教えてくれたことのアーカイブ記事になります。加筆訂正をし、紙面では正確に見れなかった写真も掲載。
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#天城

「天城山からの手紙 60話」

「天城山からの手紙 60話」

森には、過酷な場所へ命を宿した者、逆に最高な条件の場所に命授かる者がいる。それぞれに待ち受ける運命は、千差万別だが、命あるその場所で命繋ぐために生き抜かなければいけない事実は、変わらない。そして、命あるものは必ず終わりが来るという自然のルールを、すべての者が受け入れる。森を歩きながら、そんな事を考えていると、とても寂しくなる時がある。しかし、”時間”は流れ、決して止まらないのだから仕方がない。時間

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「天城山からの手紙 59話」

「天城山からの手紙 59話」

やっと天城も冬が訪れ始めた。森にはまだ、秋の残り香が漂うが、枝にはほとんど葉がない。冬の天城は、まるですべてが眠りに落ちたかのように静まりかえり、辺りは殺風景な景色が広がるばかり。歩いても歩いても森の気配を感じることはできず冷たい風が身に染みる。この日、明け方まで雨が降っていた。冷たい雨は、葉を落とした木々の体を黒く染め上げ、意思さえも閉じ込め消しさる様だ。私はカメラを構えることもなく、なんとか息

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「天城山からの手紙 58話」

「天城山からの手紙 58話」

前日の天気予報を見ていると、翌日には大雨と強い風がやってくるらしい。夕飯時もずっと携帯とにらめっこで上の空。妻が一声”行ってらっしゃいと、天の声を授かり、明日の出会える情景で一気に心は埋まった。先週に行った滑沢渓谷では、紅葉がまっさかり!きっと大雨に打たれ、赤いもみじ達が岩肌に落ち化粧をしているだろう・・と想像を膨らます。毎年、この時期に狙っている情景なのだが、なかなかきれいな紅葉の時に、この天候

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「天城山からの手紙 57話」

「天城山からの手紙 57話」

1歩、2歩、3歩・・・と目の前の石を渡り、神様が飛んで現れるような気がした。水面ギリギリにしゃがみ込み冷たい渓流の中でカメラを構えると、滝の前方に黄金色の光が差し込み、まさにその瞬間がやってくると期待させる。大体11月下旬~1月下旬にかけて滑沢渓谷のこの場所は。正面から太陽が昇り、よくいう”光芒”という現象が起きる。ただ、そう簡単には見ることは出来ず、どんな時に出るのかも想像がつかない。霧が立ち込

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「天城山からの手紙 56話」

「天城山からの手紙 56話」

出発の夜、外は雨が降り予報によると朝方に風は強いが、天候は回復するという。こんな天気の時、天城の山は素晴らしい景色になる事とが多く、狙って出かける事が多い。丁度、下界では紅葉が始まり、森は紅葉が終わるころだろうか。この日、登山口についても山に入るか?渓谷に入るか?悩んでしまった。なぜなら、雨で風が強い、そして晩秋となると落葉で埋め尽くされた渓谷の装いが容易に想像できるからなのだ。もう一度、山の上を

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「天城山からの手紙 55話」

「天城山からの手紙 55話」

天城の秋も、あっという間に紅を咲かせては過ぎ去っていく。山は、11月の下旬になるころにはもう冬支度が始まるが、ちょうどその頃、伊豆の各所で紅葉が始まり、その雰囲気のまま山を訪れると、なぜだかとてもさみしくなってしまう。この日、天城の秋を見納めに訪れた。ちょうど、お月さんが沈むころに歩き始め、森はヘッドライトがいらない位に明るかった。そして、真っ赤になりながら沈むお月さんと交代するかのように、真っ赤

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「天城山からの手紙 54話」

「天城山からの手紙 54話」

連載も一年が過ぎ、読者には毎回の拝読を感謝している。なるべく、最新の天城をお伝えしたく入山を続けているので、これからもお付き合い願いたい。さて、季節が移ろう時は特に、そのシーズンを占うかのように、最初の出会いはとても大事なものになる。この日は、天城の秋をスタートさせた大事な一日となった。全国にならい、天城の紅葉も例年より一週間ほど遅れているようだ。そして、現在の天城は、今期の台風により、沢山の倒木

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「天城山からの手紙 50話」

「天城山からの手紙 50話」

雨がやっと上がった帰り道、目の前に現れたブナのシルエットに入った一筋にラインは、また私の心を奪った。空はまだ雲で覆われ暗いのだけど、森にはそんな弱い光さえも物語の主人公にしてしまうほどの優しがあるのだ。この日、倒れたヘビブナに会いに行った。だからこそ、この情景に心を動かされたのかもしれない。無残なまでに今までの生きた時間を、一つの風が一瞬で奪ってしまう。どれだけ生き残ることにしがみ付き、どれだけの

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「天城山からの手紙」10話

「天城山からの手紙」10話



秋の盛りを彩った紅葉の葉は、晩秋が訪れるころにそれぞれの旅へと旅立つ。雨上がりの朝、渓谷へ行くと、雨に打たれて落ちた葉が、水面を彩ったり、岩に化粧をしたりと最後の花を咲かせるのである。そんな晩秋の装いに出合うべく、天城に流れる本谷川の上流へと向かった。渓谷に道はなく岩を渡ったり山肌を迂回したりしながら登って行くのだが、これがまた大変なのである。しばらくすると、大きな岩が流れの中に現れた。岩肌に

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「天城山からの手紙 49話」

「天城山からの手紙 49話」

この日、前日に見つけた”ツキヨタケ”を撮影したく夜の森を訪れた。ツキヨタケはブナなどの立ち枯れに寄生するキノコなのだが、名前から想像できる様に、夜になると蛍光色を放ち、闇夜に浮かび上がる面白い特性を持つ。例年9月中旬~10月中旬に天城で確認でき、毎年歩けばその辺に生えているのだが、今年、いざ撮影したいとなると全く見つからず、森のいたずらに遊ばれていた。やっとの思いで撮影できそうな立ち枯れを見つけた

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「天城山からの手紙 44話」

「天城山からの手紙 44話」

猫越から続く林道を、2時間弱ほど歩くだろうか?冬になると、全面凍結する伊豆では珍しい、芭蕉の滝と呼ばれているところがある。冬に訪れると、圧倒される氷瀑に心を躍らせるのだが、聞き伝えによると、滝の上部へと動物を追い込み、最後はそのまま滝の下へと落として狩りをしていたらしい。下から上を眺めては、そんな様子を想像すると、ブルっと体が震えてくる。しかも、近くで柱状節理の切り立った肌をまじまじと見ると、こん

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「天城山からの手紙 43話」

「天城山からの手紙 43話」

冬が過ぎ去ろうとしている頃、森はまだ静寂に包まれ、春の足音に気付かない。まだ、木々の穂先は固く閉ざされ、じっくりと力をためている。溢れそうになる力を、グッとその時に備えて小さな芽に凝縮する様子は、ギリギリと音を鳴らし、命の始まりを教えてくれているようだ。天城周辺では、大体4月下旬から5月上旬に春が訪れるので、この時期はブナの新芽や沢山の植物が一斉に動き出す光景と出合う事が出来る。そこかしこで始まる

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「天城山からの手紙 42話」

「天城山からの手紙 42話」

8月の半ばも過ぎる頃になると、少しだけ森の空気が変わる気がする。香りでも温度でもない何か雰囲気が違うのだ。それは、小さな小さな兆し。きっと、季節の変わる合図を森が教えてくれているのだろう。そして、この季節の狭間は、なんとも言えない安堵感で満たされる。なぜなら、今年も無事に時が過ぎ回っていると思えるからだ。日常の中では、当たり前の様に思うかもしれないが、やはりこの自然の巡りに生かされているのだと考え

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「天城山からの手紙 41話」

「天城山からの手紙 41話」

今回からは、視点をグッと寄せて小さな存在を追いかけてみたい。森を歩いていると、こぼれるほどの光が気になり、自然と空を仰いでしまう。そこからは、風に揺れて動く葉の隙間から、キラキラと光がこぼれ落ち、眩しくて薄目にしたその先は、真夏の色で溢れていた。濃い緑に染めた葉は、これでもかというほど生命力に溢れ、強い日差しなど苦にしていない。情けないことに私は、降り注ぐ陽に、「勘弁してくれ」と呟くのだから、森の

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