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「天城山からの手紙」10話

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秋の盛りを彩った紅葉の葉は、晩秋が訪れるころにそれぞれの旅へと旅立つ。雨上がりの朝、渓谷へ行くと、雨に打たれて落ちた葉が、水面を彩ったり、岩に化粧をしたりと最後の花を咲かせるのである。そんな晩秋の装いに出合うべく、天城に流れる本谷川の上流へと向かった。渓谷に道はなく岩を渡ったり山肌を迂回したりしながら登って行くのだが、これがまた大変なのである。しばらくすると、大きな岩が流れの中に現れた。岩肌にはたくさんの葉が、昨晩の雨で落ち、旅立ちの準備をしていた。いつものフレーズになるが、鼓動がドクンと鳴ったらもう撮らずにはいられない!しかし、その岩がある場所はどうにもこうにも長靴でいける場所ではなかったのだ。しかし、すぐさま来た道を引き返し車で胴長へと着替え一気にあの岩まで登った。目測で水深もわからなかったので、ゆっくりゆっくりと水の中へ身を沈めていくと、幸運にも残り10cmの所で底に着いた。やっと目の前にした岩は、青空の色を肌に映し、潤いを纏った落葉達がダンスをするかのように華やかな世界を楽しんでいたのである。私は、この出合いを写し止めれた事に安堵し、心を満たした。

追記)

2019年の秋に、久しぶりにこの渓谷を歩いてみた。驚いたことに、この渓谷の様子が、あまりにも変わってしまい、とても戸惑ったのだ。渓谷を歩くと言っても、この場所は観光地でもなければ人が来るような場所ではないので、岩をよじ登ったり川を渡ったりと登るために、ルートを自分で作っていかなければならない。ちょうど2013年辺りに、一度登ったので、その記憶を頼りに、ここは、あっちへ巻かないとだめだとか描きながら進んでも、流れが変わって、過去のルートがなくなっている。たった数年でこれほどまで変わるかと本当に驚いた。そして、この掲載の写真の場所へ来ると、されに驚く。滝つぼに頭をだすこの岩が、まったく姿がなくなっているのだ。こんな大きな岩がどこかへ流れるわけもなく・・。よく見てみると、岩全体が、底に沈みこみ沈没してしまったのだ。思い返せば、確かにこの滝の底は、砂地だった記憶がある。そう、この2019年は、雨の量が半端なかった。砂地の底を、濁流が削りいったのだ。そして、成すすべもなく岩は沈むしかなかった。本当に、この自然の力は凄い。そして、心底から、恐ろしい。私は、大きなため息を吐いて、この場を後にした。もう、この写真は撮れないんだなと思うと、なんだかとても寂しい。私だけの秘密も場所がまた一つ消えていった。

掲載写真 題名:「石上の舞踏会」
撮影地:本谷川
カメラ:Canon EOS5Dmark3 EF24-105mmF4 IS
撮影データ:焦点距離105mm F22 SS 1.3sec ISO100均 WB太陽光 モードAV
日付:2013年11月30日AM10:01

伊豆新聞連載 「天城山からの手紙」10話 2018年12月15日掲載

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