床がぐらりと揺れ、エレベータに閉じ込められて二十五時間。 俺は体育座りして、死にそうなほどの空腹と戦っていた。 箱の中にはもう一人、サングラスをかけた無口な女がいた。 ……ああ、もう空腹の限界だ。 「すみません、何か食べるものはないですか」と恥を忍んで声をかけた。 女はしばし逡巡した後、 「おかしな話だと思いますが、私の話を聞いてもらえますか」と前置きして話し出した。 「一か月ほど前かしら、私マスカラを使い切ってしまったんです。最後のマスカラでストックがなくて。仕方
ねこあしのバスタブ 綿あめのくも 三日月の寝台 こんぺいとうのように可愛くてガーリーなものが大好き。 ある日、三日月の寝台ファストパスが抽選で当たった。 みんな数百年待ってるのに、なんて運がいいんだろう! 憧れの三日月の寝台に寝ころぶことができる! ひゃっほう!! ✳︎ 早速、月を管理するギャラクシーリゾートにファストパスを手渡した。 「アナタではさすがに」 しぶるキャスト。 「何よ。こっちにはファストパスがあるんですからね」 止めるキャストを無
【お返し断捨離】 白ヤギvs黒ヤギのボクシングタイトルマッチまであと二週間。 白ヤギは悩んでいた。 減量が進まない。 このままでは重量オーバーで失格だ。 どうする、オレ? そのとき妙案がうかんだ。 白ヤギは高級和紙を取りだし、黒ヤギに手紙を書いた。 『お元気ですか?』 ……まぁ内容なんか何だっていい。 この高級和紙をみれば、食わずにはいられないだろう。 相手をおとしてやる。 白ヤギはうっそりとほくそ笑んだ。 「なん、だと……!?」 二日
四歳児が手に負えない。 保育園にリモコンを持っていくと言っては暴れ、手袋が気に入らないと言っては壁に投げつける。 ある日、洗濯バサミを一つ捨てたら息子に大泣きされた。 お気に入りのものだったようだ。 途方にくれていると、突然息子の横に大きなタマゴが出現した。 それが横にひび割れたかと思うと、中から真顔の猫が登場した。 カラを両手で押し上げ、くねくねと腰を揺らし踊っている。 ギャン泣きしている息子の隣にシュールな猫。 単調な腰つき、真顔なうえ無言。
※BL注意 「カレー王子、あなたを愛しています。僕を選んでください」 美しいナン王子が跪いて片手を差し出す。 カレー王子が手をとりかけたそのとき、扉がバタンと開いた。 「まて! カレー王子と結婚するのはこの俺だ!」 イケメンごはん王子が風のように飛び込んできた。 「さぁ、俺と逃げよう。一緒にカレーライスになろう」 「ならん! 古来よりカレーにはナンと相場が決まっている。でていけ! 貴様は納豆でもかけてろ」 「俺の方がカレー王子にふさわしい」 「僕だ」 ぐるるると睨み
たらはかにさんの毎週ショートショートnoteに参加します。 たった一人しか選ばれない壮絶な競争の果て。 勇者は洞窟の前に立った。 「おめでとう。君が勝者じゃ。さぁこの洞窟をゆくがよい」 案内人のおじじが言う。 「この奥になにが?」 勇者が問うと、おじじは楽しそうに笑った。 「それは着いてのお楽しみじゃ。まぁお子様ランチ、といっておこうかのぅ」 勇者は狭い洞窟をひたすら進んだ。 不安と希望を胸に抱いて。 暗い洞窟を抜けると、突然まばゆい光に包まれた。 そこ
たらはかにさんの毎週ショートショートnoteに参加します。 【デジタルバレンタイン】 貴方と私しかいない狂った世界。 私の隣は貴方、あるいは私。 貴方の隣は私、あるいは貴方、あるいは私。 貴方、私、私、貴方、あるいは私、あるいは貴方。 ずっとこの世界が続くと思っていた。 永遠に続くと。 だけど、私は愛してしまった、貴方を。 私は貴方に告げた「貴方を愛している」と。 貴方は二進法における0と1両者の必要性について述べていたけれど、私は何を言っているのか
たらはかにさんの毎週ショートショートに参加します。 相手のボルテージを変化させることができる、通称『ボルテージリモコン』が流行っているらしく、俺は列に並んで購入した。 これはカッカしている人に『COOL』ボタンを押すと熱がスッと覚めるスグレモノ。逆もまた然りだ。 俺がこれを必要とする理由はただ一つ。 あの冷めたイケメン野郎、涼とその仲間を熱くしてやりたいのだ。 せっかくの体育祭、盛り上げたいではないか。 意気揚々とリモコンを掲げ、教室の扉を開けた。 「涼!
たらはかにさんの毎週ショートショートnoteに参加します。 東館にツノが生えたんだ、ほんとだよ! えっとね、東館っていうのは、この町に二つある図書館の一つで、マンガが多い方。西館は難しい本が多いからぼくはあんまり行かない。 で、ツノの話! 東館の入り口が顔だとしたら、ちょうどヒタイのところに長いツノが生えたんだ。突然だからみんな驚いていた。 「鋭くてこわいね」って言っている人もいたけど、ぼくは怖くなかった。 何か守られている感じがしたんだ、ぼんやりとだけど。
たらはかにさんの毎週ショートショートnoteに参加します。 「今期から保健室はアメリカせいになりまーす」って先生が笑ってたけど、あれどういう意味だろう? 金髪のお姉さんでもいるのかな? 好奇心に勝てず、すりきずをいいことに健太は保健室のドアをあけた。 ……誰もいない。 『なんだ』 絆創膏でも貰うか、と引き出しに手を伸ばした、そのとき――。 チクッ。 何かが指をさした。 蜘蛛だ。……蜘蛛? 大変だ!! 『アメリカ』で『蜘蛛』ときたら、ヒーローになる布石じゃ
たらはかにさんの毎週ショートショートnoteに参加します。 【ドローンの課長】 俺は鉄パイプを持って、夜道にひそんでいた。 「絶対にあのハゲを殴ってやる」 俺は農協の下請け社員。 おや組織、農協に憎んでいるやつがいる。 課長の役職についているハゲ野郎だ。 「5分21秒遅れたから会わない」だの「出荷数が間違っているからやり直し」だの細かいことにうるさい。 機械かと思うほど融通が利かない。 今日という今日は許せない。 会社から出てきたハゲに思い切り鉄パイプ
たらはかにさんの毎週ショートショートnoteに参加します。 【白骨化スマホ】 貴方と付き合って一年。 降り積もる雪のように、スマホに思い出が増えていったね。 貴方と撮った写真。 貴方からのLINE。 貴方と落としたゲームアプリ。 スノーで加工して、インスタにアップして。 貴方と私とスマホで、恋のど真ん中を駆け抜けたよね。 でもある日、スマホにこうでたの。 「icloudストレージがいっぱいです」 ……そう。なら削除しないとね。 このゲームアプリ
たらはかにさんの毎週ショートショートに参加します。 「一枚〜、二枚〜」 お菊が日課の皿を数えていると、 「相変わらず辛気臭いわね」と言いながら刑部姫が井戸をのぞきこんできた。 刑部姫は、姫路城にすむ妖怪の女帝にして、お菊の数百年来の友達だ。 お菊とは違い、どんな時代にも適応して生きている。 「何か用?」 「スマホ新しくしたからその自慢~。……てか、その皿の数え方、何とかならない? バイブス下がるんだけど。そうだ、数え歌にしなさい」 「数え歌?」 「そうよ。『いちじく
たらはかにさんの毎週ショートショートnoteに参加します。 【戦国時代の自動操縦】 ……まさに合戦といえるだろう。 口の中で『酸っぱさ』と『カラさ』が戦をしている。 トムヤンクンというのは、恐ろしい食べ物だ。 ひとくち食べると頬がこけるほどの酸っぱさに殴られる。 そして、同時に猛烈なカラさが舌をやく。 酸っぱさとカラさのスパークリングだ。 なんだ、これは!? なんなんだ、これは!? 味なんて分からん。 食べ物のくせに刺激しか感じない。 嚥下すると
平日、眼下ににっくき高校を見下ろしながら裏山を登りつづけた。 頂上で首をつって死んでやる、僕をいじめたやつらを見下して死んでやるんだ。 ふとバラバラになった祠が目に飛び込んできた。最近何者かに破壊されたのだろう。損傷のあとが新しい。 なんとなく残骸を一か所に集めていると、背後から陽気な声がした。 「あらぁ! 片づけて偉いコ」 振り向くとピンクの眼鏡をかけたファンキーなおばあちゃんが立っていた。山の中に似つかわしくない都会的な雰囲気。 「アナタ、この祠が何か知ってるの
病室の窓から、晩夏の風がさらりと吹き込んでくる。 昼間、孫たちがきて、 「じいちゃん、がんばって」と手を握ってくれたが、一言も発することができなかった。 ただ眦を下げ、孫たちの最後の顔を慈しんだ。 病室の天井には、針金のような模様がちらばっている。 ぼんやりみていると、黒い模様のひとつが水に溶けたようにじわりと広がっていった。やがてそれは墨絵で描かれた兎の形となった。 『みたことがあるな。高山寺に伝わる絵巻物の、なんだったかな』 そんなことを考えていると、兎は