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僕たちは、小説家の手のひらで踊らされているにすぎない
先日からこの小説を読んでいる。
全体で500ページもないのだが、遅読の僕には少々厚みがあるように感じる。1日に1時間から1時間半ほど読むようにはしているが、このままいくと読了までに5日、いや、6日はかかるだろうと踏んでいる。
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【この先、ネタバレがあります。】
物語のなかで、以下のような展開がある。
天正6年(1578)、織田信長に反旗をひるがえした荒木村重。単独で有岡城(伊丹城ともいう)に籠りながら西の毛利の援軍をまち、いつか大軍となって織田を攻めようと狙っていた。
しかし、待てどくらせど毛利はこない。さらに、「備前岡山(毛利と村重の間)にいる宇喜多が織田の手にくだった」という不吉な知らせが村重のもとに届く。
「これだけ待っても織田が攻めてこないのは、攻められないのではなく攻めずとも勝てるからではないのか。」
「隣国だけでなく、もはや家臣たちすら怪しくみえてきた。」
籠城は半年をすぎている。
そんななか、村重のいやな予感が現実のものになろうとしていた。
家臣に謀反の疑いがあったのだ。
それは、村重の手の者のなかに織田がおくった使者がひそんでいて、その者を村重が「頭領として」成敗しようとしたとき、何者かがどこかから鉄砲でその謀反人を撃ち殺そうとしたからだ。(実際に弾は当たらなかったが)
領主は、領民のいさかいをすべて把握し、決断をしなければならない。だから、どのような事情があるにせよ頭領である村重を差し置いて手を下すことは「村重にたいする謀反」にほかならない。
−−−
そこで村重は、もっとも信をおく郡十右衛門という家臣に「その鉄砲の下手人はだれだったのか」を調査するよう命じた。
数日後。
十右衛門がいそぎ村重のもとにきた。村重は、だれからも聞き耳を立てられないよう過分に広い部屋で両のこぶしをついて深く頭をさげたままの家臣の話に耳をかたむけた。
しかし、十右衛門がいうには「あの日あの場所に、鉄砲を持ち込んだものはひとりもいなかった」という。
村重は、よく検めたのか、と一喝したい衝動を押し殺さなくてはならなかった。十右衛門は有能の士である。十右衛門が調べ、足軽どもは能登(織田の手の者で事件の日に撃たれかけた者)を撃っていないと言うのならば、そうなのだと考えるしかない。
僕が今日書きたいのはここからである。
−−−
正直に打ち明けると、まだ小説の続きを読まずにこの記事を書いている。だから、十右衛門のいうとおりほんとうに鉄砲を持っていた者はその場にいなかったのか、はたまた十右衛門が嘘をついているのか。
今の時点で僕はしらない。
だがしかし、である。
小説には、「足軽どもは能登を撃っていない。十右衛門が撃っていないと言うのならそうなのだと考えるしかない」とはっきり書かれている。
こうなるともう、この物語ではそういうことなのだ。書かれたことだけが事実になり、読者があれこれと解釈する以前に事実は事実として受け入れねばならない。
ようは、この先なんらかのトリックで下手人がわかるのだろうが、「足軽どもが鉄砲をつかって能登を撃った」という結末にはぜったいになりえない(とおもう)。
それが、筆者、米澤先生が用意した「物語のレール」だから。
いい文章とは、すべてに一切無駄がないといわれる。まさに僕たち読者は、川底にある小石のなかからガラス玉を見つけだすかのように文字から核心をつかみ、それに従うしかない。
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そもそもそれが小説だ、といわれればそれまでなのだが。これまで目が肥えるほど読んできた小説なのに、なぜかふと今日になってそう感じたのだ。
それにしても、最近は「書くために読む」ということが増えてきた気がする。
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いやぁ、いい休日である。
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