隣の無菌室のお友達との出会い
無菌室は、当然外に出たら感染が危険な人が入るから、無菌室入室中には、他の患者さんとは会えなかった。((今は無菌病棟があったり、病院のルールの厳しさが違ったり、色々とまちまちのよう。私がいた病院はそうでした。))
あと、室内の大きなモニタースクリーンがある機械((血圧や心電図、血中の酸素SpO2を見るモニター))につながっていたので、ひょこひょこ出れなかった。((これも、状態によって、ポケットサイズのモニターもあります。何が必要かは、状況や施設間でも差があるでしょう。))
私のいた無菌室では、毎日掃除の方が塩素入りの薬液で床を拭いていた。
いつも、色々楽しい話をでき、本当に救われたなぁ。実は、院内で掃除の人はものすごく精神的な救いになる、貴重な存在でもある。
そのとっても優しい掃除の人経由で、隣の無菌室の患者さんとお友達になれた。同時期に移植した、同年代で経歴も年齢も似てる人。掃除婦さんが私の連絡先を隣の無菌室の彼女に教えて繋がったのだ。
この新しいお友達、人種も学歴も私と随分と似ていた。
その上、すっごく優しい。彼女自身も辛い中で、色々な裏技を教えてくれた。そう。同時期の移植だったのだけれども、彼女が一週間くらい先に移植したんだったっけ?
少しだけ、彼女の方が移植が早くて、生着((ドナーさんの幹細胞が血液を作ってくれる状態))も早かった。そして、退院も少しだけ早かった。
だから、お互いに一度も会うことなく、友情が築かれていったのだ。
良い人に囲まれて、良いクリーン生活だったわ😁
いつか、お互いが元気な時に会いたいよね。
その彼女から、突然返事が来なくなった。
しかし、私も私で再発してドタバタの嵐だった。
少し落ち着いて、携帯を手に取れるゆとりが生まれた。
久々に連絡した時にも、相変わらず優しかった。普段よりも随分と短文。
少し不思議には思ったけれど、勝手に普通の生活に戻っているだろうと想像を膨らませていた。
しかし、私も私で再発したとは言わず、ただ雑談を求めていた。
メッセージを送るも、返事が来なかった。
何故だろう?
きっと忙しいのだと...... そう、思いたかっただけなのかな?
時間をあけて、再度連絡をしてみた。
届いたのは、彼女の訃報の知らせだった。
彼女の彼氏から、私に知らせるべきか凄く迷ったということも、彼女が最後眠るように息を引き取ったことも聞いた。
そっか........
流石に、ショックだよね。
ましてや、隣で一緒に移植して、生着に喜び、辛い時期に心の大きな支えになってくれた仲間だからね。
リアルタイムで一緒にセカンドバースデーを迎えた唯一無二の仲間。
他の患者仲間とも違う繋がりの特殊さがあった。
同じ名前の友達や誕生日が同じ友達が少し特別っぽいことは経験があるだろうか。
その特殊さと、双子として産まれた特殊さを足して2で割った感じの感覚だろうか。
そう。すっごく心温まる無菌室での思い出。
書きながら、笑が溢れるのに、同時に涙も溢れそうになる。
皆あるよね、こういうことって。
今を大切に生きよう!
追記:彼女が生着後、GVHD(移植片対宿主病院)という、ドナーさんの免疫が移植を受けた患者を攻撃してしまう現象がほとんどないと聞いた。ちょっと喉に違和感があるだけで、ほぼ無症状だと。
その時、最初に頭に浮かんでしまったのが、GVL低めで再発リスク高め、という危機感だった。当然、次の瞬間には、GVHDで命をおてしてしまうこともあるため、軽度で済んでよかったという気持ち。
たまに、自分で自分の考えが気まずい。なんだかなぁ。どこか、こう、なんていうか....... 自分の気持ちと斜めの別の視点から見てるもう一人の自分と......
なんだかなぁ。
彼女が再発してしまったから、なおのこと複雑な気分だ。
けど、全ての人はいつかは亡くなる。自分だって、今日何か起きるかもしれないし、あるいは長生きするかもしれない。老衰であろうと、永遠に生きるわけじゃない。皆に平等に死は訪れる。特別なことじゃない。
そう。何も特別なことはないんだよ。
今をどう有意義に、目一杯楽しく生きるかだよね! 本当。今を大切に、精一杯生きないとだよね!
楽しいとかもだけど、忙しいってのも本当にありがたいし、幸せなことだよね。
今を大切に生きよう!