
[対訳]マウゴジャタ・オストロフスカ「メルジナ:水中 愛の物語」『クレクス氏の冒険』劇中歌
1.東欧旧共産圏の子ども向け映画『クレクス氏の冒険』
1986年2月5日、ポーランド統一労働者党(PZPR)による共産主義政権下のポーランド人民共和国で、子ども向けのファンタジーアドベンチャー映画が、ソビエト連邦との合作(ブルガリアは撮影協力のみ)で制作され、劇場公開された。公開するやいなや、たちまち国内外の共産圏で評判を呼び、東欧を中心に大ヒットした。
『クレクス氏*¹の冒険*² Podróże pana Kleksa』は、「御伽王国*³の使者たち Wysłannicy Bajdocji」と「発明家島*⁴ Wyspa Wynalazców」の二部作から成る。
クシシュトフ・グラドフスキ[Krzysztof GRADOWSKI, 1943-2021]が監督と脚本を、アンジェイ・コジンスキ[Andrzej KORZYŃSKI, 1940-2022]が劇中の音楽を務めた(ただし、電子音楽部分の担当はボフダン・マズレク[Bohdan MAZUREK, 1937-2014])。
原作は、ロシア帝国・ジュメールィンカ(現・ウクライナ)生まれでユダヤ系ポーランド人の詩人で作家、そして弁護士のヤン・ブジェフファ*⁵[Jan BRZECHWA, 1898*⁶-1966]が生み出した『クレクス氏』シリーズ(全3作)。
第1作『クレクス氏の学校 Akademia pana Kleksa』*⁷(1946年)は、1983年にソビエト連邦との合作で二部作の実写映画として劇場公開された(2015年にデジタルリマスター化)。2023年にはリメイク版が制作され、同年12月20日にポーランドのカトヴィツェで先行公開、2024年1月5日にポーランド全土で一般公開された。なお、この映画は、現在Netflixでストリーミング配信されており、日本国内からでも字幕で視聴することができる*⁸。
今回取り上げるのは、その後日譚、第2作『クレクス氏の冒険』*⁹。原作は第1作から15年もの月日が流れた1961年に発表された。1986年にグラドフスキにより映画化された(第1作と同じく2015年にデジタルリマスター化)。撮影は、そのほとんどが、1984年から1985年にかけて、ブルガリアや、当時ソビエト連邦の一部だったアルメニア、クリミア半島、コーカサス地方で行われた。ポーランド国内のロケは皆無に等しい。
その映画版のあらすじは次章に記すとして、映画第1作も第2作も、実は原作の内容に忠実ではなく、映画のかなりの部分がグラドフスキの脚色だとされる。
その後、グラドフスキは、1988年に(制作協力のソビエト連邦国内では一般公開されなかったが)当時のポーランドとチェコスロヴァキアとの合作で二部作の映画第3作『宇宙のクレクス氏 Pan Kleks w kosmosie』[原作なし]を、2001年にポーランド、スウェーデン、アイルランドの合作で第4作『クレクス氏の勝利 Tryumf pana Kleksa』*¹⁰を制作・発表した。
また、『クレクス氏』シリーズは、1974年と2007年に舞台でミュージカル化、1980年にはテレビで単発ドラマ化されている。
2.映画『クレクス氏の冒険』あらすじ
以下、映画『クレクス氏の冒険』のあらすじをここに記す。
「あらすじ」なので、冒頭から結末まで事の顛末が大まかに書かれている。
ネタバレ注意。ご了承とご理解いただきたい。
第1部 「御伽王国の使者たち Wysłannicy Bajdocji」
足が不自由で歩くこともままならない車椅子の赤毛の少年[演:Marcin BARAŃSKI, 1971-2024]は、暗い小児病棟の大部屋でひとり淋しく暮らしていた。
少年がそんな日々に涙していると、真夜中に突然、クレクス氏(=「クレクス先生」)[演:Piotr FRONCZEWSKI, 1946-]が現れる。クレクス氏は少年を元気づけようと、ある「おはなし」をする。
病室の少年と似たような少年――自分のことを孤独な失敗者だと思っていた少年(=原作第1作に登場する12歳の赤毛の少年アダム・ニェズグトカ)と出逢ったことがあるが、その少年は自力で問題を乗り越えたことを(=『クレクス氏の学校』)。そして、クレクス氏が学校を去ったあと、世界で何が起きたのかを……。
**********************************
クレクス氏が学校を去ったあと、クレクス氏の宿敵、電子人間大王[演:Henryk BISTA, 1934-1997]が、大量のロボット軍隊を統率して、「発明家島」を征服した。電子人間大王は、科学者と発明家を酸素供給の遮断が可能な独房に閉じ込め、世界征服に役立つ機械をつくるように脅す。その目的は、全世界の人間からすべての感情を奪い、自分に従わせるためだった。
あるとき、電子人間大王は自身の部下アロイジ・ボンベル大佐[演:Zbigniew BUCZKOWSKI, 1951-]を密偵として「御伽王国」に送り込む。
というのも、そのころ、御伽王国では、新しく作られた御伽話フェスティバルの準備が進められていた。そこで行われるコンクールは、誰が最も美しい童話を書けるかを競うもの。美しい物語を書き記すのに必要不可欠な、特別な魔法のインクが樽の中に貯蔵されていた。
電子人間大王は、そのインクがすべて貯蔵された巨大なインク樽を破壊さえすれば、御伽話を書き留めることができなくなり、王都・伝説街*¹¹でのコンクールが中止となる。それで物語が消えれば、人びとは想像力を失い、機械の力で人間を支配しやすくなると考えたのだった。
ボンベルは、先に御伽王国に潜入していた別の密偵ボニ・アル゠フェイシィ[演:Jerzy BOŃCZAK, 1949-]の手助けを得て、海に浮かぶインク樽をレーザー銃で破壊することに成功する。
破壊された樽からインクが漏れ出ていることを知った御伽王国の国民たち。フェスティバル開催の危機に直面し、混乱に陥る。御伽王国の王アポリナリィ・バイ[演:Gieorgij WICYN, 1917-2001/声:Mieczysław CZECHOWICZC, 1930-1991]はコンクール開催中止の窮地に追い込まれる。
偶然、王の元を訪れていた使者アリプ・マリク[演:Piotr DEJMEK, 1953-2010]は、王の娘レゼダ王女[演:Lena MOROZOWA, ?]に密かに想いを寄せていた。その父である王を助けたい一心で、碩学で中国の最後の皇帝に仕えたこともあるパイ・ヒー・ヴォー博士*¹²[演:Wiesław MICHNIKOESKI, 1922-2017]を師に持つクレクス氏が役に立つだろうと進言する。
しかし王は、コンクールを続けるため、インクを持ってくるようクレクス氏に助けを求めようとするが、誰もクレクス氏の居場所を知らない。
幸いなことに、諜報大臣[演:Władimir FIODOROW, 1948-2011/声:Mieczysław GAJDA, 1931-2017]だけが、クレクス氏が今、パイ・ヒー・ヴォー博士がいるチベットを訪れていることを知っていた。
王に命じられた使者は、王がクレクス氏に宛てた親書を持ってチベットの山奥にある僧院へと向かう。
そのころ、クレクス氏は、パイ・ヒー・ヴォー博士の元で、博士の弟子たちの空手修行を見守り、自身も参加していた。
そこへやって来た使者から信書を受け取ったクレクス氏は、王の頼みを承諾する。
パイ・ヒー・ヴォー博士は餞別に、水晶のようなダイヤモンドのエネルギーボールをクレクス氏に譲り渡す。博士とその弟子たちが謎の呪文を唱えると、エネルギーボールの不思議な力で、クレクス氏の身体は宙に浮き、クレクス氏は御伽王国に辿り着く。
王に直接謁見したクレクス氏は、王から「少なくとも1樽分のインクを手に入れよ」という王令を受ける。インクの在りかに心当たりのあるクレクス氏は、帆船と乗組員の提供を王に求め、さっそく港へと向かう。
港に着くと、そこには車椅子の少年に瓜二つのキャビンボーイのピエトレック[演:Marcin BARAŃSKI, 1971-2024]。ほかには、クファテルノ船長[演:Michał Anioł*¹³, 1954-](男のなかの男で禁酒主義で非喫煙者だが、チョコレートが大好き)に、乗組員を装ったボニファツィ(その正体は、密偵でクレクス氏一行の裏切り者ボニ・アル゠フェイシィ)、操舵手タレンス[演:Bogusz BILEWSKI, 1930-1995]、甲板長バンク[演:Janusz REWIŃSKI, 1949-2024]、料理人フォルテラス[演:Piotr GRADOWSKI*¹⁴, 1947-1998/歌:Mieczysław CZECHOWICZC, 1930-1991]、そしてBから始まる*¹⁵乗組員バルナバ[演:Marian GLINKA, 1943-2008]、バルタザール、ブルーノ、ブジダール、ベンヤミン、ベノン。
クレクス氏は彼らと共にインクを探す危険な旅に出る。
航海の途中、裏切り者ボニファツィのせいで様々な困難が起きる。
たとえば、羅針盤が破壊されたり、駆逐艦に乗ったボンベルに帆船が狙われたり。
しかし、クレクス氏は、自分の髭を代用したり、ピエトレックと協力して霧を発生させて雲隠れし帆船を潜水艦に変えたりして、難を逃れる(ボンベルは、クレクス氏一行の船が沈んで、乗組員がみんな死んだと思い込む)。
潜り続け辿り着いた先に、クレクス氏一行は不思議な海底王国をみつける。そこで、イカの水槽を見つけた。そのイカの墨はインクにもなる特殊で、紙に文字を書けるものだった。
クレクス氏一行は海底王国で歓迎を受ける。乗組員たちが珍しいお菓子に夢中になってているあいだに、ボニファツィは大量の角砂糖をイカの水槽に投げ込み、イカ墨を台無しにしてしまう。
一方そのころ、チョコレート好きで、クファテルノ船長に一目惚れした海の女王アバ[演:Małgorzata OSTROWSKA, 1958-]が、儚い恋の詩「Meluzyna」を披露していた。
アバの従者が慌てて飛んで来て、イカ墨が白くなり、いずれは全部ダメになるだろうことをアバに報告する。
事態に追い討ちをかけるように、クテファルノ船長はクレクス氏に、帆船が海底探索でダメージを受け、修理には3日ほどかかると打ち明ける。
インクを探し見つけることはもう不可能なのか――。
しかしクレクス氏は、他の場所にもインクがあることを知っていた。それはあの「発明家島」。その首都パテントニアにインクがあるという。
そこでアバは、クレクス氏一行に自分が持っているバチスカーフ*¹⁶を貸し与える。
クレクス一行は新たな地へ――「発明家島」へと向かい始める。
第2部 「発明家島 Wyspa Wynalazców」
「発明家島」に戻った密偵ボンベルはクレクス氏一行の船を沈めることに成功したと電子人間大王に報告する。
しかし実際は、作戦失敗。
電子人間大王は、クレクス氏一行の帆船が潜水艦に変わり、別の密偵ボニ・アル゠フェイシィが一緒にいることを見抜いていた。そして電子人間大王はボンベルに世界中の空想想像力を視覚化する装置「センス・ヴィジョン」を見せる。
そのころ、バチスカーフの中で乗組員たちはアバが土産にくれた貝殻の音を聴き、ぐっすりと眠っていた。クレクス氏は、ボニファツィも眠っていることを確認し、ピエトレックをエネルギーの力で深い眠りから目を覚ます。
クレクス氏はピエトレックだけにパイ・ヒー・ヴォー博士から伝授されたエネルギーボールの呪文を教える。呪文を唱えると光り輝く始めるエネルギーボール。
しばらくすると、クレクス氏一行の乗るバチスカーフは、調薬島*¹⁷の海岸に流れ着く。
島に上陸したところをボンベルが狙い撃ちしようとするも、地元島民が近づいてきて失敗。
クレクス氏一行と出会った地元島民は、若返りの薬を発明したと語り、調薬島の王(長)魔法薬大師2世*¹⁸の元へと案内する。
魔法薬大師2世は、クレクス氏一行に様々な薬を紹介する。そのなかにインクのようなものを見つけ、喜ぶクレクス氏とピエトレックだったが、それはフェンネルの根からできた液体で、モノに触れると蒸発し消えるものだった。
悲しませたお詫びに魔法薬大師2世は、クレクス氏に、洞窟に匿っていたパテントニアの元統治者アルチメハニック*¹⁹[演:Władysław KOWALSKI, 1936-2017]と再会させる。
一方そのころピエトレックは、ボニファツィがボンベルと話しているところを目撃してしまう。正体がバレたボニ・アル゠フェイシィとボンベルは、ピエトレックを捕らえると、ハンカチに染み込ませた薬で気絶させる。
そのままボンベルは、ヘリコプターに乗って、ピエトレックを電子人間大王の元へと連れ去ってしまう。
電子人間大王の前に連れてこられたピエトレックは、パイ・ヒー・ヴォー博士の秘密の呪文を教えるよう脅される。電子人間大王が自身の世界征服計画のためにエネルギーボールを利用しようと考えたからだ。
しかしピエトレックは、「知らない。知ってたとしてもお前らになんかに教えるもんか」と要求を拒んでしまう。電子人間大王は「お前を自動郵便切手舐め機にしてやろうか」と脅すも、舌を出して平気そうなピエトレック。
すると電子人間大王は、第13世代型の最新ロボット、フィリプ[演:Leon NIEMCZYK, 1923-2006]を紹介する。驚くボンベル。なぜならそのロボットは、ボンベルの元上司で理髪師のフィリプだったからだ。電子人間大王はフィリプにピエトレックの監視を命令する。
真っ暗な部屋にひとり閉じ込められたピエトレック。思わず泣いてしまう。
ピエトレックにいないことに気付いたクレクス氏一行。ピエトレックの身を案じつつも、「発明家島」を解放する計画を実行に移す。アルチメハニックが島の奥深くに隠していたロケット機「物語飛行艇」で、クレクス氏一行とアルチメハニックは「発明家島」へと飛び立つ。
「発明家島」にある電子人間大王の本拠地に着いたクレクス氏一行。電子人間大王がロボット兵を送り込みクレクス氏を捕まえようとするも、クレクス氏は秘密兵器のスーパーマカロニでロボット兵をすべて無力化。
一方そのころ、フィリプがピエトレックを尋問しようとするもバッテリーの切れそうになり、充電のためその場を去る。その隙にピエトレックは逃げ出し、ロボット兵を燃やし始める。
クレクス氏はパイ・ヒー・ヴォー博士から伝授された魔法で島のメインコンピューターを破壊。本拠地の制圧に成功したクレクス氏の一行は、島にとらわれた発明家たちを解放する。
電子人間大王は宇宙へと逃亡。
クレクス氏は、ボンベルに、罰を受けるに値するが、更生のチャンスを与えると言い、海に流れ出たインクとその汚染を元に戻すように命じた。ボニファツィには、罰として若返りの薬をかけ、幼児にした。
アルチメハニックは、発明家たちを解放してもらった御礼に、インクが噴き出る場所を印した地図をクレクス氏にプレゼントする。
おとぎ話の王国に戻ったクレクス氏は、王アポリナリィ・バイにその地図を贈り、新しいインクの鉱脈が宮殿のすぐ目の前にあることを告げる。
**********************************
朝。少年が目を醒ますと、そこは病室。すべては夢だったのかと落胆していると、目の前にはなぜかピエトレックが手にしていたエネルギーボール。少年がおもむろに立ち上がって手に取ると、それは光り輝き始める。少年は自分の足が治り、歩けるようになっていることに気が付く――。
3.物語の意図
第2作『クレクス氏の冒険』は、第1作『クレクス氏の学校』の趣旨を引き継いでいるように思われる。
原作第1作では、小椋彩氏が「訳者あとがき」に記しているように、ヤン・ブジェフファ自身の教育観が物語には現れている。人口に膾炙した言葉で簡潔に記せば、それは児童・生徒の主体性(勇気や自分で考える力)であり、人間に対する尊厳やヒューマニズムであり、自然や動物、モノに対する愛着である。そのため、物語の鍵は「空想」や「想像力」といったテーマであり、科学技術を安易に利用する者たちへの懐疑が底を流れている。
しかしながら、そのような姿勢は、現在からしてみれば古いものであり、「科学技術=悪(あるいは悪になり得る)」という図式はもはや描き尽くされたかのように思われる。
けれどもブジェフファ作品の場合は、そんな単純な話ではなく、科学技術の問題点を指摘しながらも、それとどう共存していくのか、その点も含まれている。科学技術そのものではなく、科学技術をぞんざいに扱う人間たちに懐疑は向けられている。
したがって、ブジェフファの描く世界は、決して古臭い子ども向けのものと一蹴することも一笑に付すことできないもので、むしろ現在における大人たちにとって重要なものなのではないだろうか。
4.伝承と童話
„Meluzyna”とは何か?
„Meluzyna”とは、« Mélusine » ("Melusine", "Melusina") のポーランド語綴りで、フランスを中心としたヨーロッパの伝承に登場する妖精のこと。
上半身は中世の美女で、下半身は蛇、背中にはドラゴンの翼というその見た目から、セイレーンやヴイーヴル、サキュパス、ワイバーン、人魚の伝承などと比較して考えられることもある。
その起源や原型については諸説あり、古くはメドゥーサやヘロドトス『歴史』に登場する蛇女エキドナなどにその祖を見出す者もいるが、未だ定かではない。地域によって伝承内容は若干異なり、Mélusineにかんする多くの異本が存在する。
一般に広まったきっかけは、ジャン・ダラス[Jean d'Arras, ?]がジャン・ド・ベリー公爵とその妹でバール公爵夫人だったマリー・ド・フランスの依頼を受け、1392年から1394年にかけて散文で書き記した異類婚姻譚『メリュジーヌの物語 Roman de Mélusine』とされる。
« Mélusine »という言葉には元々「不思議」や「海の霧」の意味があるとされる。
その語源はラテン語の"melus"とされ、その言葉には「心地よい」や「メロディアスな」という意味があるとされる。
劇中歌「Meluzyna」の役割と効果
第2章の「あらすじ」では割愛したが、海底王国の女王アバが自分の出自をクテファルノ船長に打ち明けるシーンがある。
女王アバは、本当は晴れの国カカフォニアの君主ミュジクス王の娘。父であるミュジクス王は娘を羊飼いの笛吹きフランクと結婚させようとしていたが、フランクの奏でる音は聴いた人びとに吐き気を催す哀れなものだった。
あるとき、強くてお金持ち、おまけにハンサムの王子様オクタヴィウス・デマンドリノが国にやって来た。彼はチョコレート工場のオーナーでもあり、娘にチョコレートを分け与えてくれた。アバはチョコレートとオクタヴィウスの虜となった。
けれども、父は折れなかった。アマチュア音楽家のフランクを鉄の結束で支え続けた。
娘は絶望のあまり、愛するオクタヴィウスと別れてしまうくらいなら、いっそのこと人生を棄ててしまおうと決心し、崖の上から海へと身を投げた。
意識を取り戻し、目を醒ますと、そこは海底王国。娘は海底王国の従者たちによって、女王アバとして神輿に祀り上げられていた。そのとき、アバは自分の役割を理解し、運命を受け入れた。
このような背景を持つ女王アバが、哀しい愛の詩 „Meluzyna”を歌う。幻想的なメロディーに力強い歌声が、<そんなの屁でもない><取るに足りない>と撥ね返す。
一度は現実に絶望したけれども自らの運命を受け入れ今このときをひたむきに生きようとしているアバの姿に、子どものみならず、多くの人びとが自分を重ね合わせ、共感し、心打たれたのだろう。たとえそれがその当時の独裁的な政権への追従を意味していたとしても、市井の人びとが感じ取っていた閉塞感を少しでも解放してくれるものでもあったのだろう。解放によって現実への反抗が可能であるとしたら、なおのこと。
„Meluzyna”は、今でもなおポーランドの老若男女に愛され、歌い継がれる名曲だ。
女王アバ役Małgorzata OSTROWSKAとは何者か?
マウゴジャタ・オストロフスカ[Małgorzata OSTROWSKA, 1958-]は、ポーランド北西部シュチェチネク出身のロック歌手。
11歳から歌い始めたという彼女は、1975年ポーランド西部ジェロナ・グラで開催された第11回『ソビエト歌謡祭 Festiwal Piosenki Radzieckiej』でシュチェチン県(現在、西ポモージェ県の一部)の代表として出場。「サヨナキドリ Słowiki」という楽曲で一等賞を獲得、見事優勝した。また同じ年には『兵士の歌フェスティバル Festiwal Piosenki Żołnierskiej』の「アマチュア部門」にも出場し、「イカれた男の子たち Szalone chłopaki」という楽曲で、こちらでも優勝している。
1979年にポズナンで地元母校の卒業生たちでバンド「ヴィスト Vist」を結成するも、1981年に解散。
その後、結成年の1981年から1991年の解散まで、1994年再結成後の1997年から1999年まで、同じくポズナンのロックバンド「ロンバード Lombard」のリードボーカルとして活動。
1993年にソロデビュー。
『クレクス氏の冒険』はロンバード時代にあたる。
„Meluzyna”の歌唱シーンをよく確認すると、2番のサビ終わりで、口が歌詞とは一部異なる動きをしている。
このことから、音源と映像どちらが先にとられたかは不明であるものの、おそらく音源が先に録られ、その音源に合わせて映像を撮るリップシンクが採られたもの(オストロフスカが間違ってリップシンクしたもの)だと推定されるが、映像が先の可能性も否定できず、断言はできない。
5.[対訳]マウゴジャタ・オストロフスカ「メルジナ:水中 愛の物語」
„Meluzyna”のポーランド語─日本語の対訳をつくりました。物語の流れ・雰囲気がより伝わるように、歌唱前と後のシーンも一緒に掲載しています。
なお、対訳に際しては、女王アバが女性と思われるとはいえ、できるだけ「女言葉」や「女らしさ」が原文以上には出ないようにしました。
また、セリフに*が付いてるものは、不正確な英語字幕版からの重訳であることを意味しています。
あらかじめご了承ください。
歌唱前のシーン
従者のひとりが海底王国の女王アバを紹介する。
従者A「クレクスご一行様、ご紹介いたしましょう。わが海底王国の偉大なる女王様、歌と踊りのひと、アバ女王様です」*
他の従者N(=声)「アバ――わが海底王国の偉大なる女王様。われわれ従者は盗賊から『わが王国の宝』を御護りする身」*
大きな貝殻のようなものが開き、アバがその姿を現す。
アバ「ようこそ、海底王国へ。私は、われわれの元までその名声が届いている素晴らしきクレクス氏の先導の下、賓客の皆様方がなぜここまでいらっしゃったのか、その来意をお伺いしたく存じます」
クレクス氏、アバの元へと歩み寄って、
クレクス氏「私たちがこの海底王国に参りましたのは、貴方様に、私たちの樽にイカの墨を入れるのをご承諾いただくためでございます。インクは、御伽王国の童話コンテストに必要なのです」
アバ「皆様方の樽をイカ墨で満たして差し上げなさい。それで、彼らの望みを叶えたら、すぐに報せてちょうだい」
クレクス氏「船長、インク樽の積み込みを個人的に監督していただけませんか」
アバ、クファテルノ船長を見つめる。
クファテルノ船長、インク樽を監督するため確認しに向かう。
ポーランド語─日本語 対訳
Chór:
Aba śpiewa. Aba śpiewa.
Aba śpiewa. Aba śpiewa.
コーラス[従者たちのセリフ]:
「アバが歌うよ」「アバが歌うよ」
「アバが歌うよ」「アバが歌うよ」
Piękna pani Meluzyna pokochała Pustoraka,
Tak opowieść się zaczyna.
Jaka? – Taka!
Jaka? – Taka!
美しいメルジナ様が プストラクに恋して
そうして物語は始まる
どんなふうに? ─ こんなふうに!
本当に? ─ そうだよ!
To, co dzieje się na lądzie,
To pod wodą też się zdarza.
Oto refren tej piosenki,
Który często się powtarza.
これは、陸の上で起こることだけど、
水の中でも起こる
それは、この歌で
頻繁に繰り返されるリフレインだよ
Ref.:
Meluzyno, Meluzyno,
Porzuć płonne swe nadzieje.
Odpłyń własną limuzyną,
Świat się śmieje, świat się śmieje.
リフレイン:
メルジナ、ねぇメルジナ
虚しい希望は捨てて
自分だけの潜水艇で出航って
世界は笑う、世界は笑っている
Ale miłość moi mili,
Jest nieczuła na mądrości.
I dla jednej wspólnej chwili,
Zapomina o śmieszności.
けれど愛は、親愛なる者たちよ、
聡明さに対しては鈍感
で、一緒に過ごしている間のために
バカバカしさを忘れてしまうんだよ
Chór:
Co się stało, śmieszna sprawa. Coś takiego. Co za numer!
Coś takiego. To ciekawe. Czary mary!
Czary mary. Czary mary. To ciekawe!
To ciekawe, śmieszna sprawa. Czary mary, czary mary!
Co za numer! To ciekawe.
コーラス[乗組員たちのセリフ]:
「なにがあった、おかしなこった」「そういうことか」「なんてこった!」
「そういうこった」「面白いよ」「チャリ・マリ!」
「チャリ・マリ」「チャリ・マリ」「面白いな!」
「面白いね、おかしなことだよ」「チャリ・マリ、チャリ・マリ!」
「なんてことだ!」「面白いよ」
Mój kochany Pustoraku,
Uwierz w miłość, przyjmij dary.
Coś dla duszy, coś dla smaku,
Czary mary, czary mary!
私の愛するプストラク
愛を信じて、贈り物を受け取ってよ
魂のためのなにか、人生を甘くするなにか
チャリ・マリ、チャリ・マリ!
Ale pan Pustorak stary,
Co po dnie skalistym kroczy.
Nie dał nabrać się na czary,
Nie te oczy, nie te oczy!
だけど年老いたプストラクさん
岩だらけの海底を歩きまわる
彼は魔法には騙されなかった
あの目は違った、あの目は誤魔化せなかった!
Ref.:
Meluzyno, Meluzyno,
Porzuć płonne swe nadzieje.
Odpłyń własną limuzyną,
Świat się śmieje, świat się śmieje.
リフレイン:
メルジナ、ねぇメルジナ
虚しい希望は捨てて
自分だけの潜水艇で出航って
世界は笑う、世界は笑っている
To, co dzieje się na lądzie,
To pod wodą też się zdarza.
Oto morał tej piosenki,
Który często się powtarza.
これは、陸の上で起こることだけど、
水の中でも起こる
これこそが、この歌で
頻繁に繰り返される教訓なんだよ
歌唱後のシーン
2人の従者、アバの元へと飛んで来て、
従者B「も、も、も、最も輝かしい女王様。何者かがわれわれを欺き、イカにこっそりと砂糖を与えたようです。それ以来イカはただ、しろ(従者Aが両手で持つ白いイカ墨のビーカーを指して)ししろ、しししろ、白いインクしか作りません。これでは役に立たないでしょう、われわれの、おお、お、おと、御伽話の――」
従者A「(言葉を遮って従者Bに)――書き手たちには」*
従者B「(従者Aに)あぁありがとう、そうその通りだ、報告は以上です」*
クレクス氏「(アバに)まさに、陸の上のことは水の中でも起こる」*
6.[訳詞]「メリュジーナ:水泡の愛」
訳者コメント
もしも日本でミュージカルとして上演されたとしたら……と妄想しつつ、ついでに訳詞をつくってみました。日本語で歌うときっとこんな感じかな、というのを意識して訳しました。
もしかしたら節回しが難しく感じるところがあるかもしれませんが、ぜひ一度歌ってみてください。きっとしっくりくるはずです。
どなたか『クレクス氏の冒険』を翻案して、ミュージカルにしてくださらないか、気長に待ってます。(それか、いっそのことこのぼくが……?)
日本語訳詞
セリフ:
(アバの従者たちが囁き合うように)
「アバが歌うよ!」「アバが歌うの?」
「アバは歌うよ!」「アバが歌うんだって!」
美しいメリュジーナ プストラクに恋した
物語のはじまり
どんなふうに?
こんなふうに!
陸の上のことは
水の中でも起こる
歌のサビのように
何度も繰り返して
サビ:
メリュジーナ、メリュジーナ
無駄な希望 捨てて
自分ひとりで泳ぎ去って
世界は笑う、笑ってる
愛は いつだって
賢くてもわからない
貴方と一緒にいると
忘れてしまう バカなことも
セリフ:
(帆船の乗組員たちが口々に)
「なにがあった、おかしなこった」「そういうことか」「なんてこった!」
「そういうこった」「面白いよ」「アブラカダブラ!」
「ちちんぷいぷい!」「開けゴマ!」「面白いな!」
「面白いね、おかしなことだよ」「ホーカス・ポーカス、チャリ・マリ!」
「なんてことだ!」「面白いよ」
愛するプストラク
この気持ちを受け取って
甘い愛の魔法よ
チャリ・マリ、チャリ・マリ!
だけど年老いた
プストラクには効かない
愛の魔法では落とせない
落とせない、落とせない!
サビ:
メリュジーナ、メリュジーナ
無駄な希望 捨てて
自分ひとりで泳ぎ去って
世界は笑う、笑ってる
陸の上のことは
水の中でも起こる
いちばん大事なこと
何度も繰り返す物語
7.訳者あとがき
不朽の名曲「Meluzyna」をはじめて知ったのは、3年前のこと。
YouTubeでオランダ発のオーディション番組『The Voice Kids』のアーカイブを観あさっていたとき。たまたまポーランド版の番組でネラ・ザヴァツカ[Nela ZAWADZKA]という少女が歌っているのを観て、そのメロディーに一瞬で心惹かれた(オーディション用音源の編曲・演奏もすごくいい)。
すぐに、YouTubeで原曲を確認した。
ところが、問題がひとつ。
その当時、YouTube上で最も再生回数の多かった「Meluzyna」の映像は、デジタルリマスターがなされる前のテープから切り取られたもので、フィルムの劣化で回転数が少しばかり早くなった音源で、映像も不鮮明だった。
ようやく原版の映像を見つけ、「Meluzyna」歌唱シーンと、続けて映画本編を冒頭から結末まで通しで観た。
この作品に無理やりジャンルをラベル付けするなら「ファンタジーアドベンチャー」にでもなるのだろうが、それはあまり意味のないことのように思う。
というのも、ブジェフファやグラドフスキ、作り手たちが、あの時代の、あの状況下のポーランドで、鑑賞者である子どもたちや大人たちに、作品を通じて伝えたかったであろうことは、そのジャンル名に収まりきるものでは到底ないからだ。第3章「物語の意図」にも記した通り、『クレクス氏の冒険』は「読み」のあらゆる可能性を秘めている。
鑑賞後、「Meluzyna」の翻訳に取り掛かった。
今回の翻訳にあたっては、本編映像を繰り返し観たのはもちろんのこと、ポーランド語にかんする教科書や参考書、辞書、ウェブサイト等を手当たり次第に参照した。
昨年度に私は、ポーランド語と同じスラブ語派のチェコ語を習った。年間を通して「初級チェコ語」を履修し、文法を一通り習ったとはいえ、やはり名前が違えば構造も文化も違うのが自然言語。ポーランド語の、チェコ語とは違う読み方だったり文法事項だったりに手こずったが、共通部分も少なくなかったし、今回は翻訳に必要なところしか参照していないので、それほど時間はかからなかった。
どちらかと言えば、翻訳よりも、本記事のために映画の情報やあらすじを書くのに時間がかかってしまった。
期間にして一週間くらい。長かった……。
専念すべきことが他にある研究者の身だというのに本記事のために思わぬ労を取ってしまったが、それが無駄なことだったとはまったく思わない。(もちろんそう思わないとやっていけないというのもあるが、)お金にならないようなことを自ら進んでやるということは、実は、お金になるようなことばかりを誰かから勧められてやる「奴隷」にはならないことを意味しているのではないか。そしてそれはまさしく、ブジェフファが教育に必要不可欠だと考えていた「自主性」ではないだろうか。
また、この拙い記事を読んで、世界のどこかにいる誰かひとりにでも作品のことを知ってもらえて愛してもらえたら、ぼくはそれでもういい。その姿勢に対して「傲慢だ」とか「自己陶酔だ」とか言われたとしても構わない。陸の上であろうと水の中であろうと、地上で死のうと水中に沈もうと、同じことが起こる。人生が「不条理」であることに変わりはない。たとえ世界が笑っていようとも、生きていくためには自分ひとりの最終的な決断が重要――それこそが「Meluzyna」で何度も繰り返される教訓なのだから。
■ 註釈
*¹ „pana”は、名前に付く敬称で「~さん」や「~氏」を意味する。この語は文脈によっては「先生」とも解すことができる。実際、物語のなかでクレクス氏は„Profesor Kleksa”とも呼ばれている。そのため「クレクス先生」と訳すほうが物語にはふさわしく、原作第1作の邦訳やそのほかの参照文献等においても事実そのように訳されているが、本記事では一般的で、より広い意味の「~氏」の訳語を採用した。ご了承願いたい。
また、„Kleks”という姓は、小椋彩氏による新訳『クレクス先生の学校』の「訳者あとがき」に拠れば、「インクの染み」を意味する。
ちなみに、クレクス氏の名は「アンブロージ」。
*² „Podróże”は、「旅行」や「長旅」、英語で言うところの”journey”の複数形だが、「冒険」と訳した。
*³ „Bajdocja”は、ブジェフファによる造語。「作り話」や「でたらめな話」「寓話」「物語」を意味する„bajda”の呼格形„bajdo”に、英語の"-sion"や"-tion"に相当する名詞化接尾辞„-cja”から造られている。本記事では、その言語学的見地と劇中の文脈を踏まえ、「御伽王国」と訳した。なお、映画『クレクス氏の冒険』[=『クレクス先生の旅行』]を紹介している用賀扇氏のウェブページでは「タレドシア王国」となっているが、これはおそらく英語字幕版に表記された訳語”Taledocia”から来ているものと思われる。英語字幕版には意訳や誤訳、省略がみられる。DVDやストリーミング等で映画本編を英語字幕で視聴する際は注意が必要。
*⁴ „Wynalazców”は、ポーランド語で「発明家」を意味する名„wynalazca”の属格複数形。„Wyspa Wynalazców”は、直訳すると「発明家たちの島」となる。しかし本記事では、それが地名であること、その響きを鑑みて、「発明家島」と訳した。
*⁵ 本名は、ヤン・ヴィクトル・レスマン[Jan Wiktor LESMAN]。
*⁶ 原作第1作の旧訳では1900年生まれとされているが、新訳では1898年生まれとされている。本記事では、複数の資料を参照した結果、正しくは1898年8月15日生まれであると断定した。
*⁷ 邦訳には、ヤン・ブジェフバ 作/内田莉莎子 訳(ヤン・マルチン・シャンツェル 絵)『そばかす先生のふしぎな学校』学習研究社(1971年、再版:2005年、現在絶版)と、ヤン・ブジェフファ 作/小椋彩 訳(福井さとこ 絵)『クレクス先生のふしぎな学校』小学館(電子書籍全集版:2022年、電子書籍分冊版:2023年)、ヤン・ブジェフファ 作/パヴェウ・スタビク 訳(conomi 装丁・イラスト)『クレクス先生のふしぎな学園』ロッカクリエイト(2024年)の3つがある。
*⁸ 邦題は、『クレクス先生のふしぎな学校』[日本語字幕:ウォルシュ美加]。日本語吹替版は、現在のところ制作されていない。
*⁹ 原作の邦訳には、ヤン・ブジェフファ 作/パヴェウ・スタビク 訳(conomi 装丁・イラスト)『クレクス先生のふしぎな旅』ロッカクリエイト(2024年)がある。
*¹⁰ 原作は1965年発表の同名小説で『クレクス氏』シリーズ3作目。邦訳には、ヤン・ブジェフファ 作/パヴェウ・スタビク 訳(conomi 装丁・イラスト)『クレクス先生のがいせん』ロッカクリエイト(2024年)がある。
*¹¹ 原語は„Klechdawie”。ブジェフファによる造語。「民話」や「伝説」を意味する„Klechda”と地名の語尾にみられる„wie”から成り立っている。本記事では、この言語学的見地を踏まえ、「伝説街」と訳した。
*¹² 原作第1作の新訳(小椋彩 訳)では「パイ・ヒー・ウォー博士」。
*¹³ „Michał Anioł”を直訳すると「ミカエル天使」、つまり「ミケランジェロ」のポーランド語風の名前である。ただし、この名前は本名として実際に存在し(„Anioł”という古風な姓がポーランドには実在し)、この俳優の名前も本名である。ポーランド語の読みを日本語表記すると、「ミハウ・アニョウ」に近い。
*¹⁴ ポーランド語吹替版ミッキーマウスの2代目声優としても知られた俳優で、亡くなる年まで務めた[任:1994年~1998年]。
*¹⁵ 第1作『クレクス氏の学校』では、Aで始まる名の生徒ばかりが登場する。第1作でなぜAで始まる名の生徒しか登場しないのか、それについての考察は、小椋彩氏による『クレクス先生の学校』「訳者あとがき」を参照。
*¹⁶ 潜水艦に似た小型の深海探査艇。
*¹⁷ 原語は、„Wyspa Aptekaria”。ブジェフファによる造語。「島」を意味する„Wyspa”と、「薬剤」や「離れ家」を意味する„Apteka”、あるいは「薬剤師」を意味する„Aptekarz”に他言語で場所や領域を表す名詞化接尾辞"-aria"とで造られた言葉。本記事では、その言語学的見地と劇中の文脈を踏まえ、「調薬島」と訳した。
*¹⁸ 原語は、„Magister Pigularz II”。語はそれぞれ、「マスター」「(古語)薬剤師」「2世」という意味を持つ。それらを踏まえ、本記事では、「魔法薬大師2世」とした。
*¹⁹ 原語は、„Arcymechanik”。「機械工」「修理工」「整備士」「メカニック」を意味する名詞„mechanik”に「最高位」を意味する接頭辞„Arcy-”をくっつけてできた言葉。おそらくブジェフファの造語。意味合いとしては、「第一級機械整備長」という感じか? いずれにせよ、本記事では、それが人物名であることを踏まえ、たんにポーランド語の音を日本語(カナ)に起こした「アルチメハニック」を採用した。
■ 参考資料
●石井哲士朗、三井レナータ、阿部優子『ニューエクスプレスプラス ポーランド語』白水社(2019年)
●石井哲士朗『明解ポーランド語文法[新版]』白水社(2023年)
●木村彰一、工藤幸雄、吉上昭三、小原雅俊、塚本桂子、石井哲士朗、関口時正 編『白水社ポーランド語辞典』白水社(1981年/新装版:2023年)
●小森田秋夫「「マルゴルザタ」 問題、またはポーランド語の固有名詞の表記について」『ロシア・東欧法研究のページ』[2002年7月13日のアーカイブ;最終閲覧確認日:2024年9月9日]
●東京外国語大学言語モジュール - ポーランド語[最終閲覧確認日:2024年9月9日]
●ヤン・ブジェフファ 作/小椋彩 訳(福井さとこ 絵)『クレクス先生のふしぎな学校』小学館(電子書籍分冊版:2023年)
●用賀扇「Podróże pana Kleksa クレクス先生の旅行」 ──『映画の中の少年たち』[最終閲覧確認日:2024年9月9日]
ありし日の
少年とピエトレック
マルチン・バラニスキ氏に
本記事を捧げる
Marcin BARAŃSKI [1971.1.3 ~ 2024.2.17]
[2024.9.1~2024.9.9]
【追記】
たいへんありがたいことに、読者の方からコメントをいただきました。
最近できたと思われる出版社ロッカクリエイトから、クレクス氏シリーズの原作邦訳本3冊が、今年1月24日にパヴェウ・スタビクさんの翻訳で出版されました。今のところ、書店での取り扱いはなく、ネットショップ「BASE」経由での購入のみとなっているようです。ぜひ。
[2024.9.15]