マガジンのカバー画像

400字エッセイ

117
運営しているクリエイター

2021年7月の記事一覧

じいちゃんばあちゃん

目が覚めると見慣れない天井に得体の知れない不安を覚える。そして気づく。「じいちゃんばあちゃんの家に来てるんや!」 盆や正月に母方の祖母の家を訪れた際、何泊しても目覚めた時の不安感が消えることはなかった。連泊しようが毎朝同じ気分で目覚める。「ここはどこ?」 ただ、宿泊最終日だけは違った気分になる。目覚めと同時に感じる不安な気分は同じだが、最終日であることに気づいた途端に寂しくなる、悲しくなる、じいちゃんばあちゃんともっと一緒にいたくなる。自分の数え間違いであることを信じつつ

風呂と読書

夕食に満足したらすかさずお風呂の給湯スイッチを押す。サザンの真夏の果実を歌いながら皿洗いしていると、日本人お馴染みあの音でお風呂の完成を知らされる。すっぽんぽんの身体に読みかけの本を携え、1日で最も至福の時間が近づいている喜びを噛み締める。 ちょうどよい湯加減に自然と頬がゆるんだ。肩まで浸かるとあまりの気持ちよさに思わず声がでる。意識があっち側に行きそうになるのを必死に食い止め、本を持ち込んでいることを自分に言い聞かせた。 しおりを挟んだページを開き、しおりは最初のページ

生命感

サンダル履きで露出する素足に容赦ない日差しがふりそそぐ午前10時半の中華街。人気店だからと到着するのが早すぎた。他店の呼び込みに吸い込まれそうになる自分を懸命に制止する。 こんな時はただ周りを観察することで、せわしない日常における貴重な束の間を楽しみたい。店の立て看板が通路にはみ出す。観光客が店を入念に品定める。愛くるしい訛りの呼び込み声が響き渡る。すべてが中華街を創りあげていた。 炎天下で待っている僕を見かねた店員さんが開店時間より早く店内に入れてくれた。シャツが背中に

支え愛

「支え愛」。ストレートな表現に心が踊った。「支え愛」が脳内の「支え合い」を上書きしていくのを感じる。言葉の表現は偉大だ。自分に響く言葉の表現に出逢うと、その言葉のイメージが脳に焼き付けられる。テストで「ささえあい」の漢字を書かされたら、「支え愛」と答えるだろう。 「支え愛」の対象はどこまでなんだろう。家族、友人、同僚、同じ地域の方々。身近な人々が頭に浮かぶ。彼らの支えがなければ自分は生きることさえできない自信がある。 少ない脳味噌を振り絞ってもう少し考えると、「支え愛」の

友人とハンバーグ

静岡県の三島駅で友人と待ち合わせる。僕は出張帰りだが、彼はわざわざ栃木から出てきた。改めて目的地を調べると駅から意外に遠いことが判明する。日差しが強い昼過ぎに30分歩く必要があることに軽い絶望を覚えた。 下着に汗が染み込むタイミングで目的地に着いた。冷房が効いた店内に一瞬救われるも、元気な店員さんに110分待ちの用紙を渡される。ディズニーと勘違いする数字に目まいを抑えられない。待機しようと訪れた喫茶店でも3組待ち。友人と一緒に声を出して笑う。人間は落胆を通り越すと笑うことを

やる気がでないとき

私生活や仕事中、やる気がでないときがある。そんなときは次の3つを行う。 まず、1分間瞑想する。呼吸に意識を集中させ、呼吸に集中している自分を俯瞰する。第三者視点で自分を観察するイメージだ。1分間で集中できない自分に気づいた場合は、再度1分間瞑想する。通常、1分間瞑想するとやる気スイッチが入る。 瞑想でダメなら、散歩する。屋外に出て自然に触れ合える場所まで散歩する。オフィスにいるときは中庭や近くの海岸まで歩く。歩くこと、自然と触れ合うことで得られるリラックス感覚は何事にも代

僕と新聞

出会いは小学2年生。父がいつも難しい顔でめくる新聞に、まさか大好きなプロ野球の情報が記載されているとは思いもしなかった。父が読み終えた後の新聞からスポーツ欄だけを抜き取って貪り読んだ。 「そろそろスポーツ欄以外も読んだらどうや」と言われ、他の箇所も読み始めた中学生時代。経済、政治、国際、慣れない単語が僕の目の前を通り過ぎていく。リーマンショックが日本を含め世界中に広がっていることから世界の繋がりを実感した。 「野球ばかりやっていたらアホになるぞ」と強制的に購読させられた大

早起きに三文の徳はない

早起きが大好きだ。 静寂のなかで楽しむコーヒー、 誰もいないオフィス、 自分だけが起きているという優越感、 全部が大好きだ。ただ、早起きに三文の徳があるとは思わない。だって、朝早い時間に起きているだけだから。 「朝は集中しやすい」という人がいる。僕も賛成だ。しかし、これは「起床後が最も頭が働きやすい」ということであり、「朝早い時間に起きる」事とは無関係だ。朝5時に起きようが10時に起きようが、起床後に頭が働きやすいことに変わりはない。 「夜は誘惑だらけ、朝は誘惑に駆ら

川根本町

「越すに越されぬ」で有名な静岡県中部を流れる大井川。 そんな大井川を沿うように敷かれた大井川鐵道に乗り込んで川根本町を訪れた。大井川鐵道では、私鉄が使い込んだ古い車両を再利用しているようだ。乗った列車が偶然にも自分の地元で活躍する近畿鉄道の列車なだけで自然と笑みがこぼれる。 列車内では、車窓に映りこむ広大な茶畑と雄大な連峰、水色にも緑色にも見える大井川の景観を楽しめる。日本で唯一現在もSLが健在の鐵道であり、汽笛の音が町中に響き渡る。 町中を散歩した。出会う人には必ず声

夏とカレー

夕立が上がると待ってましたとばかりに点火した。具材を炒めてスパイスと塩できめる。後悔するのはわかっているのにチリペッパーを入れる右手が止まらない。煮込んでいる間に窓を開けると、雨上がりの匂いが鼻をくすぐる。出そうになるクシャミをこらえようとするけど、1人なんだからええやんと思い直して思いっきりクシャミした。 米を少なめによそった皿にカレーを盛り付けた。窓辺に座りこんでカレーと1対1で向き合う。匂い、色、重みを全身で感じ取る。気休め程度の息をふきかけ熱々の一口を頬張った。舌が

対面の男性

渋谷駅に到着すると東急東横線からJR線に乗り換えた。慣れない乗り換えに少し焦る。乗り換え案内アプリに記載された乗り換え必要時間はどう考えても少なく見積りすぎだ。 無事に予定通りのJR線列車に乗り込むと、無人の4人掛けボックス席を運良く見つける。小さな幸せに思わず笑みがこぼれながら読みかけの本を開いた。 次の駅に着くと対面に男性が座る。4人席を独り占めできなくなることを少し残念に思いながらも、男性が満面の笑みで会釈するので何だか良い気持ちになる。 その男性も本を開いた。横

隣の親子

本格的に蒸し暑くなってきた日曜日、栃木県の小山駅から逗子行きのJR線列車に乗り込む。無人の4人ボックス席はないようだ。1人の女性が座っているボックス席にお邪魔する。独り占めしていたであろう空間に入り込むのは何だか申し訳ない気分になる。 次の駅でお母さんと娘さん親子が隣に乗り込んできた。2人とも華麗な洋服を身に付けており、座る姿勢も綺麗だ。言葉遣いも上品だが堅苦しくはなく、2人とも笑顔が絶えない。これから買いに行くのだろう、ドレスの写真を見せ合い相談している。 「この淡い色