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自作小説集

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長いものからショート作品まで、いろいろ書いてみます。怖い話って書いてても怖いよね。
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記事一覧

【短編】白鳥

男は煙草を吸いながら、窓の外に視線をやった。だが、男の目には何も映っていない。そこに映し出されているのは、過去の彼だった。かつて愛した人だった。思い出の日々だけが彼を支えていた。 男は、死ぬつもりでここに来た。この山小屋は、男がかつて愛した人と共に暮らした場所。そして、男の終の場所になる。 そんな彼の目は、白い塊を見つけた。男は外に出て、それに駆け寄る。それは白鳥であった。右の翼に大きな傷を負っていた。白い羽が真っ赤に染まっていた。 こいつも、もうすぐ死ぬのか。 そう思っ

書庫冷凍【毎週ショートショートnote】

1000年に一度の大寒波で、大学の書庫が凍ったらしい。 人的被害が出るほどでもなかったのに、どうして凍ったのか。大学は総力を挙げて調べることを宣言した。 「どう思うよ?」 学食でカレーを食べながら、森田に尋ねた。 「…どうなんだろうな」 そう言って視線を逸らす。おかしい。 「…俺は超常現象とか、UMAのせいだと思ってんだけどさ。森田は、どう思う?」 「…宇宙人だと思うよ、多分」 森田の額には、うっすらと汗が浮かんでいる。やっぱりおかしい。 「森田…何か知ってる

【SS】目が覚めたら

焼きそばパンの雪崩に飲み込まれた。 事の経緯を話そう。何もそんな大層な話じゃない。 僕は焼きそばパンを積み上げていた。うちのスーパーは特売品を山のように積むスタイルが有名で、ローカルテレビでも放送されたことがあるくらいだ。 最後のひとつを積み上げた瞬間、僕は脚立から滑り落ちた。僕の尻餅の衝撃で、焼きそばパンの山が崩れたのだ。 ハワイで焼きそばパンが流行したらしい。フラダンスの中に焼きそばパンを表す振り付けが導入されることになったという。 流行はアメリカ本土にまで拡大し、ア

【短編】定食屋の片隅にて

「『障害のある子供を置き去り』ねえ…」 君はニュース画面を見ながら呟いた。昼過ぎの定食屋は人影もまばらで、君の呟きは未だに中空を彷徨っている。 「…ひどいと思う?」 君は僕の問いに「わかんね」と答えた後、窓の外を見た。 「命って、平等なのかな」 「…どうなんだろう」 僕もつられて窓の外を見る。行き交う人たちは早足で、誰もこちらを見ることはない。 「俺さ、置き去りにしたことあるんだ」 え、と訊き返した僕を見ず、君は続ける。 「13年前、震災のとき。俺は、近所の元さんを置き去り

【SS】コーヒー

コーヒーは冥界に繋がっている、と藤吉さんは言った。 カフェのテラス席を、低い冬の太陽が照らしている。藤吉さんの短い髪が冷たい風にひらひらと揺れていた。彼女は一口コーヒーを飲んでから少し寂しそうに続きを話した。 私の大切な人は、一緒にコーヒーを飲んだ日の夜に死んだ。 偶然だと思う?私はそうは思わないよ。 コーヒーは冥界に繋がっているの。私の大切な人を連れ去ってしまう。 僕がカップを持ち上げると、藤吉さんは「やめて」と小さく叫んだ。 「大切だと思ってくれてるんですね」

【SS】木漏れ日

アパートの窓から、朝陽が差し込んでいる。まだ緑色の楓の葉が柔らかくした陽射しは、それでも充分に残酷だった。 痛みに耐えながら身体を起こす。ため息をついてから、小さく背伸びをした。天井を見上げ、ぼんやりと考えた。 どうすれば良かったのだろうか。 その答えはきっとわからないまま、僕は死んでいくのだろう。 この間初めて吸った煙草の残りを、また吸ってみることにした。30を過ぎてから急に吸いたくなるとは思ってもいなかった。 別に好きなわけではない。煙草のことも、あの人のことも。 それ

【SS】かぐや姫【ボケ学会】

その翁が斧を振るう速さは、まさしく鬼のそれであった。凄まじい形相は般若の如く、竹ではなく世界を両断しかねないほどであった。 岩かと見紛うほどの腕の筋肉をしならせ、翁は次の竹を両断した。 鮮血が吹き上がる。だがそれは錯覚であった。あまりにも強すぎる翁の力が、竹さえも震え上がらせたのだ。 「危ねえ…」 どこかから幼子の声がする。断面を見ると、小さな小さな女子が、にやにやと笑いながらこちらを窺っている。 「やるねぇ、爺さん。昔は相当に人を斬ったと見える」 「…童。貴様何者だ

【短編】あなたへ

気がつくと、薄暗い森の中にいた。辺りを見回すと、奥に大きな湖があることに気付いた。湖の中央には橋が架かっていて、その向こうには幾つものあたたかな明かりが灯っていた。 吸い寄せられるように、私は足を進めた。橋はぎしぎしと音を立てる。あの明かりまで、あと少し。そのとき、橋の上に小さなコインが落ちているのが目に入った。 しゃがみこみ、それを拾い上げる。見覚えのない名前が刻印されたそれを見て、何故だか私は急に悲しくなった。戻らなければいけない気がした。どこに戻るのかもわからないままに

【SS】本の虫

「本の虫」と男は呼ばれていた。 あまりにそう呼ばれすぎた彼は、次第に自身のことを虫だと認識するようになった。自分は仲間より大きい虫なのだと信じ始めた。 虫のように地を這い、草を喰らうようになった。 鳥を見ると異常に怯えるようになった。 皆はそんな男を見て、気が触れたのだと言った。本の世界に魂を奪われたのだと嗤った。 冬になり、男は家から出てこなくなった。 皆、彼は死んだのだと噂した。失踪したと言う者もいた。神が彼に興味を持って連れ去ったのだと言う者さえいた。 春になり、男

【短編】モノクロ

墓へと向かう上り坂の前で、僕は煙草を吸った。これが生涯で最期の煙草になるだろう。君は煙草が嫌いだった。 金髪の女性が僕の脇を走っていく。鮮やかな桃色の花のイヤリングが、真っ白なこの景色に不釣合いなほどに揺れている。僕は少しだけ見惚れていた。彼女は誰に会いに行くのだろうか。 煙草の火を消して、僕は坂を上り始めた。まだ急ぐほどではないが、時間は限られている。 墓所に着く前に、一度だけ後ろを振り返った。国連が発表したとおり、この世界はもうすぐ停止するのだろう。それをすんなりと受け

逢いたい菜【毎週ショートショートnote】

種苗店で「逢いたい菜」なるものを見つけた。 店員いわく、この菜花が花を咲かせるまで育てれば、一番望んだ再会ができるという。 「万が一枯れさせると…」 「絶縁する、とされていますね。まあ、あくまで迷信ですので」 僕はその迷信を信じ、購入した。 レンタルした畑の一角に「逢いたい菜」を植えた。追肥や害虫駆除。様々な世話をした。 こうまでして再会したいのは、かつての愛犬だ。 もう一度だけ、会いたかった。 その日は豪雨になった。僕はニュースの警告を無視し、畑へと向かった。逢いた

【SS】18

西日が差し込んでいる。 俺は一世一代の買い物をするために、スマホを見つめていた。『18歳以上ですか』の確認を終え、俺はめくるめく夢の世界へと足を踏み入れた。 「へえ、こんな…うわ、すげえな」 思わず声が出てしまう。今は恐ろしい時代だ。スマホひとつあれば、こんなにも簡単に世界に触れられる。 「…これだ。これがいい」 俺はその『商品』を選んだ。購入手続きを終え、あとは待つだけ。 後日、俺のもとにそれが届いた。高揚感が収まらない。俺は包装をばりばりと破き、商品を開いた。

【SS】僕らの解決策【ボケ学会】

「娘には蛇蝎の如く嫌われていてね…」 部長はそう言って、バーの外を見た。お酒を飲んでもいい年齢なのか一見しただけでは判別できない女性たちが、客引きをしている。たしかもう客引きって駄目なんじゃなかったっけ、いいんだっけ。話半分の僕をよそに部長は話を続ける。 「蛇みたいって言ったのがよくなかったみたいで」 「蛇?」 急な展開で、僕の意識は部長の話に戻る。蛇みたいな娘。メデューサか、エキドナというんだったか。 「ああ。娘の推しの男性アイドルを『蛇みたいだ』って言ってしまっ

【SS】マイフレンド

「わたし、かわいい?」 深夜、コンビニでおでんを買った帰り道。ついにその時が来た。私が振り返ると、真っ赤なコートを着た女が立っていた。顔を包み込むほど大きなマスクをしている。間違いない、彼女だ。 「…ええ、とっても」 そう答えると女はマスクを取って 「これでも?」 と叫び、懐から取り出した包丁を振り上げた。その瞬間、私は写真を見せながら頭を下げた。 「あの!口裂け女さんですよね?…二ヶ月前、この男を刺してくれてありがとうございました!!」 「…へ?」 口裂け女