
【SS】木漏れ日
アパートの窓から、朝陽が差し込んでいる。まだ緑色の楓の葉が柔らかくした陽射しは、それでも充分に残酷だった。
痛みに耐えながら身体を起こす。ため息をついてから、小さく背伸びをした。天井を見上げ、ぼんやりと考えた。
どうすれば良かったのだろうか。
その答えはきっとわからないまま、僕は死んでいくのだろう。
この間初めて吸った煙草の残りを、また吸ってみることにした。30を過ぎてから急に吸いたくなるとは思ってもいなかった。
別に好きなわけではない。煙草のことも、あの人のことも。
それでも、この少し不快な煙たさから離れられなくなっていた。
最後のキスは…と呟いてみるけれど。
きっと最初で最後なんだろうな、と思う。
煙草とコーヒーの味がした唇を、少しだけ思い出した。
あの人が少しだけ何か言いかけたとき、救急車のサイレンが響いた。松屋の前でサラリーマンが言い争っていて、それで僕たちは、どうなったんだっけ。
たった一度のキス。手を繋ぐことさえなく。
それを思い出した。煙が肺に入って盛大にむせる。
僕は明日もあの人を想うのだろう。たったそれだけだ。
木漏れ日は、少しだけ残酷に僕を照らしていた。
了(480字)
あとがき
実はここ数年、愛煙家の女性に恋をしていた。その方への想いを断ち切る決意を固めてから、なんとなく書き始めた。今のところ、僕の最後の恋ということになる。そしておそらく、生涯最後の恋になるだろう。僕は最初から、結末がどうであれ最後の恋にすると決めていた。誰かに想われるなんて異常事態が起きなければ、僕が誰かに恋をすることは、もう二度とない。
実話ではない、と前置いておく。キスさえしてないし、本人に想いさえ伝えていないのだから。僕は自他共に認める変態にも関わらず、超がつくほど奥手なのだ。告白とか考えただけで吐きそうになる……こら、そこの君。僕を指差して笑うな。
書いているうちに、ちょっとだけ会いたくなった。会えないわけではないけど、僕はどんな顔で会いに行ったらいいんだろうね。
いいなと思ったら応援しよう!
