人間らしい言動・愛情表現の日用化「飽きた」
※今日の記事はちょっと尖っている。
「クイン」と、音楽活動などで使ってた「幾千」を組み合わせて新しい名前にしました。
「幾千(ichi)」の「ち」から「c」だけ取り、名前被り予防などを配慮して結構無理やり押し込んじゃいましたw
今日は名前を考えている時に思ったことや、普段思っている事を書きます。
名前変更を考えている時の様子
今回、数日に渡って動画や記事を制作しながら考えていたのですが、名前一つのことで長くなりました。
内容として、ニッチ過ぎず、発信している方が参考にして頂きやすいと思ったからコンテンツとして制作しやすかったのかも。
HNって誰でも必須でつけるものですし。
そこで、
ユーザーネームをAIに相談したところ、「幾千」をモチーフに名前への想いを表現し、自分自身を深く理解させることを促す
など、、
「ちょっと苦手」と感じてしまうような、人間らしい言動
人によって、
受け取り方は様々
昔、貴族や王室でしか使うことのできなかった物の一般化もそう。例でいうとカラトリーとかね。 スポーツ用品、業務用品、介護用品、キャンプ用品などの日用化もしている。 確かに機能性、汎用性、時短に便利なものとかは使っていきたいとは思うし良いアイデアのものもたくさんある。 私が言いたいのは、使い方の間違え。 ただ「心地の良いもの」を普段使いしていると、心への高級品がマンネリ化するんじゃないかなって。 マンネリ化は不幸の入口になりえると思うんだ。 そして生物は、どんどん次の刺激を求める。 そしてネタは尽きてくる。勿論、 嗜好品を買うのにはお金を稼がなきゃならないからそこが鞭なのであろうか、バランスが取れていれば良いよ。 私は人を不幸にする為に、人を欲望の沼にはめる為にビジネスや発信をしたくないんだ。 彼氏が「お医者さん」になって、彼女が「患者」になって、イチャイチャしながらお世話 おふざけにも程がある
何が言いたいか?
体調を崩した時、大切な人から看病されて、「慣れてる」だとか「飽きた」とかこんな気持ちになりたくないの。
だけど、人によって基準値違うし、むずかしい。
こんなことを言っていると、甘えることが好きな人だったり、人とのおもてなしのコミュニケーションを大事にしている人を、まるで人をバカにしているかと思われることもある。
「おもてなしができていない」と指摘されても困る。
ただ、いつ目の前から関わっている人と疎遠になるとかわからない。自分が、相手が交通事故に遭うかもしれないし。
なにも感謝を伝えることができずに、人が私から離れていくのもそれは嫌だ。
コミュニケーションツールが単なる「甘やかし」になるのは嫌だが、入口は開けておきたい。
多分こうやって、発信をする時に私は常に葛藤を抱く
私なら本当に具合が悪くなった時に癒されたい。
「ならばそんな人間臭い提案スルーしちゃえば良いじゃん?」って思う人もいるかもしれないけど、一応ユザネって顔。
最近Xを稼働させてみたり、youtubeの動画もそうだけど、第三者から見て、顔となる部分が大事。名前も顔となる部分。
何故なら、統計を見ると結局最後まで動画を見ない人が多い。私ってちょっと性格が尖っている部分があるからこそ、一般的だったり社会に合わせた提案をしてくれるAIに頼る事が多いんだよ。
ユザネの話から、だいぶ大袈裟になってしまいましたが、AIなどの補助と自分の意見を調和させて、うまく使いこなしていきたいです。
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