筋力とは教養だと思う。
皆さんは五体満足だろうか。私は一応五体満足だとは思う。
さあ、まずは多くの五体満足な皆さん、腰痛や膝の痛みというものは経験したことがあるだろうか。私は昨年ぎっくり腰をしてしまって、重い物を運ぶことが困難になったりもした、まだアラサーなのに。
次に、皆さんは重い荷物を運ぶことがあるだろうか。お米を買ったり、大容量の飲み物を買ったり、家具を買ったり。いろんなシチュエーションで重いものを持ち運ぶことがあると思う。
そんな様々なシチュエーションの重量物、何キロ程度だろうか。お米の大きい袋ならば、10キロ、箱買いするペットボトル飲料なら10~15キロ程度であると思う。
また、日本の法律では、通常の立位での作業において、20キロ以上の荷物を扱う作業においては、特に女性の場合は義務として推奨されていない。
さて、私は思うのだが、世の中には「重いものが持てない」と甘える方々がいる。それに対して私は非常にその人を不安に思う。
何故心配に思うのか。
まず、多分世の中の多くの重い物は、「普通の人だったら多少きつくてもこれくらいの重量なら持てるだろう」という発想で作られていると思う。
例えばスーパーに並ぶお米やケース販売も可能な飲み物、これらはパートタイマーのおばちゃんでも陳列作業ができるように、そのくらいの重量として考えられていると私は勝手に考察している。
そもそも、スーパーで20キロを超える重さの商品なんて、皆さんは見たことがあるだろうか。少なくとも売り物としては見かけたことは私にはない。つまりそういうことだと思う。
しかしながら「力が弱い」ことを声高に主張する方々、持ち方をある程度習ったうえで、腰や膝に痛みを伴わなくとも、運べないというのだろうか。もしそうなのであれば、私はそれなりに筋トレすることをお勧めしたい。
恐らく、例えば8キロ~10キロ程度のものを運ぶことに難があると、時折日常生活でも困ることが起きるだろうし、5キロの物を運べなくなってしまったら、そもそも頻繁に日常生活において不便が生じると私は考えてしまう。
逆に15キロの荷物もそれなりに難なく運ぶことができれば、大抵の日常生活の困難はこなせるだろうし、20キロの荷物も軽々運べるならば、協調性さえあれば特別なことが無い限り筋力という点で不便が起きることはないとも思う。
それ故に、私は「筋力も教養のひとつ」だと考える。
男性の中で、か弱い人を好む人もいるかもしれない、同じように、女性の中では筋肉が美しくないものとしてみなす人もいるかもしれない。でも、男性の皆さん、自分が重量物に関して生活の補助しないと生きられないようで、もしあなたが長期間そばに入れなくなったときにどうしますか?女性の皆さん、「美貌」なんてものにかまげて、最低限一人でもできるべきことができないことで軽蔑されたいと思いますか?
市販の瓶詰や、飲料水のケース、扱えないことをかわいいと思ってもらえる期間なんてそう長いものだと思う。年齢を重ねたときに、「筋肉貯金」を大切にしないと、より怪我とかもしやすくなるだろうし。
だからこそ私は皆さんに「教養」としての筋力を付けるように願いたい。NHKの人気番組でも「筋肉は裏切らない」って言っているんだし。
教養のひとつとして、みなさん筋力を付けましょう。