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#39 効率化は一歩下がったところで~大山健太郎『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』より~|学校づくりのスパイス

 今回は学校組織の「効率化」について考えようと思います。今回取り上げるのはアイリスオーヤマ(以下アイリス)の創業者である大山健太郎氏による『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』(日経BP、2020年)です。アイリスというと、かつてはガーデニング用品の会社のイメージでしたが、現在では生活雑貨や家電量販店でも本当によく目にするようになりました。

 1990年度には100億そこそこであったグループの売り上げは、2000年度には1,000億超、2010年度には約2,000億、2020年度には約7,000億と飛躍的な成長を続けています(52~53頁)。

偶然ではなかったマスク増産

 アイリス製品は派手さや豪華さはないけれど、使いやすく手頃な価格で手に入ることが特徴です。だから生産・販売も回転率を最大限に優先して行われているものだと筆者は勝手に想像していました。

 けれどもそれは誤解でした。本書の序章タイトルは「効率偏重経営の終わり」ですが、ここでは、昨年話題となったマスク不足の折の飛躍的な増産もけっして偶然ではなかったことが、次のように記されています。

 「アイリスでは、あらゆる設備の稼働率を7割以下にとどめています。注文が増えて7割を超えるようになったら、工場を増床するか、工場を新たに建てる。もちろん、具体的な需要があって増やすわけではないので、普段はただの予備スペースです。けれど、何かの需要が急に出現したときに、その予備スペースで瞬時に増産できる。他社とは瞬発力が違うのです」(15頁)。

 このほかにも、一見効率化とは相容れないような特徴が本書ではしばしば紹介されています。たとえば、用途も決まっていない場合を含めて、毎月数十台のロボットを買い続けていること(129頁)、全部署の責任者が集まって午前9時半~午後5時近くまで、新たな製品開発を一案件につき5~10分で提案する「プレゼン会議」を週1回続けていること(57頁)、自社固有の技術や製品にこだわらず「仕組み」をブラッシュアップしていること(109~110頁)、今でもしょっちゅう懇親会をしていること(157頁)等です。

 けれども、これらアイリスの企業戦略をよく見てみると、そこには通底するパターンが見えてきます。それは、「世界の変化は予想し切れない」ことを前提に、戦略の中核を、個別商品の売り上げや短期的利益対象に置くのではなく、製造・流通の仕組みや組織の意思疎通、ユーザーの潜在的ニーズなど、より「上流」の抽象的なところに置いているということです。そしてまた、その状況判断を経営者が独占せず、社内で共有化していることです。

 これによって、たとえ短期的な個別市場における効率は下がっても、その分組織の動きに柔軟性が生まれて、ユーザーのニーズやその変化にすばやく応えることができる、というところにアイリスの強みはあるようです。

大山健太郎『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』日経BP

組織の部分最適化は全体最適化を阻害する

 アイリスのように一歩下がったところで、俯瞰的に状況を捉えて手を打った方が、長期的・全体的な効率化に有効に働くということは、学校に関してもままあるはずです。冒頭であげた働き方改革を例にとりましょう。

 2019年にまとめられた「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)」では、これまで学校・教師が担ってきた業務について、授業以外の業務を区分したうえで、それらをできるだけ教員が担わないで済むようにする方向性が強調されました。

 一方で、2021年1月に中教審でまとめられた「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」では「学校が学習指導のみならず、生徒指導の面でも主要な役割を担い、児童生徒の状況を総合的に把握して教師が指導を行うことで、子供たちの知・徳・体を一体で育む『日本型学校教育』は、諸外国から高い評価」(答申概要)を受けていることが強調され、その延長上に新たな学校教育のかたちを構想することが記されています。もちろんそこでは、授業内外でのAI教材やICTの活用がその前提として想定され、教員に必要な資質・力量についても見直すことが提案されています。

 では、この転換は偶然であったのか? そんなことはありません。たとえば文科省の省内タスクフォースが2018年にまとめた「学校Ver.3.0」ではすでに、「個別最適化された学びのまとめ役」(ラーニング・オーガナイザー)が「新たな公教育の役割」と記されています。

 この両者は二項対立的に相反するわけではありませんが、授業を聖域化して教員の目線を授業に限定化してしまった学校や地域では、再度の方向転換により多くのエネルギーを要するはずです。短期的・部分的な効率化追求が長期的な組織の最適化を阻害するのです。

 さて、筆者が他業種や国内外の学校のユニークな実践を検討する際に先生方からよく聞くのが、「確かにおもしろい実践ですがウチの学校ではできませんね」という言葉です。あるところで実践されていることを、そのまま違う環境下に移植してみてもたいていうまくいかないのは当然です。けれども他校や他業種の実践を「何をどうするか」という目線でしか見られないというところにこそ、問題の本質があるのだと筆者は考えています。

 アイリスのように、一歩下がって学校の「現実」を見ることができれば、目先の問題解決や施策対応、従来からの慣行にとらわれることがなくなり、学校の組織や活動にも柔軟性が生まれます。そうすれば結果的には、これからの大転換の時代をはるかに「効率的」に乗り切っていけるのではないかと筆者は思うのですが、いかがでしょうか?

【Tips】
▼アイリスオーヤマのHPには、経営理念が独創的な言葉でまとめられています。

(本稿は2018年度より雑誌『教職研修』誌上で連載された、同名の連載記事を一部加筆修正したものです。)

【著者経歴】
武井敦史(たけい・あつし)
 静岡大学教職大学院教授。仕事では主に現職教員のリーダーシップ開発に取り組む。博士(教育学)。専門は教育経営学。日本学術研究会特別研究員、兵庫教育大学准教授、米国サンディエゴ大学、リッチモンド大学客員研究員等を経て現職。著書に『「ならず者」が学校を変える――場を活かした学校づくりのすすめ』(教育開発研究所、2017年)、『地場教育――此処から未来へ』(静岡新聞社、2021年)ほか多数。月刊『教職研修』では2013年度より連載を継続中。


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