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#77 ハッピー2.0|学校づくりのスパイス(武井敦史)

【今月のスパイスの素】
タイザン5/集英社
『タコピーの原罪』

 今回はタイザン5『タコピーの原罪』(集英社、2022年)というコミックを手がかりに、今日の世界中の教育のキーワードとなっている「幸福」について考えてみます。

 この作品は宇宙のハッピーを広める旅をしているタコのような姿をした「タコピー」という「ハッピー星人」と二人の女の子の物語です。

 写真を撮った過去に戻れる「ハッピーカメラ」や相手そっくりに変身できる「へんしんパレット」といった、ドラえもんのような魔法の道具を使って人を幸せにしようとする「タコピー」と、心に深い傷を負った二人の少女のやりとりを中心に物語は展開していきます。

タイザン5『タコピーの原罪』集英社

空回りする「ハッピー」

 地球に降り立ったタコピーに初めてパンをくれた、小学校4年生の「久世しずか」が自殺してしまうところから物語はスタートします。

 その結末をくつがえそうと「ハッピーカメラ」で過去に戻ったタコピーが目にしたのは、しずかに対する同級生の「雲母坂まりな」からの凄惨ないじめでした。タコピーは仲たがいをなくすために魔法の道具を使って、いじめのもととなっている原因を一つひとつ取り除いてみますがうまくはいきません。

 しずかの母は夜の店で働いているシングルマザーで、まりなの父親が奪われて家庭が壊されてしまったのは、しずかの母親のせいだと感じていたのです。

 まりなの怒りはすさまじく、しずかの唯一の友だちであった愛犬を、わざとかまれることで保健所送りにし、さらにしずかを夜の森に呼び出して暴行を加えます。それを目にしたタコピーはしずかを助けようとしますが、勢いあまってまりなのことを殺してしまいます。

 倒れて動かないまりなを見たしずかの口から出てきたのは、衝撃的な言葉でした。

 「ありがとうタコピー 殺してくれて」。

 タコピーは「へんしんパレット」でまりなの姿に変身し、その死をごまかそうとしますが、まりなの母親はその変化に気づき、遺体も発見されて、だんだんに追い詰められていきます。しずかは、母親に言われた「愛犬は父親のところにいる」という慰めの言葉に一縷の望みを託して東京の父親を訪ねますが、そこで父親はもう別の家庭を築いていて、しずかを他人扱いします。

 絶望し、次第に自暴自棄になっていくしずかの目をみたとき、タコピーに、ハッピー星の掟に触れたことで失ってしまっていた「未来の記憶」がよみがえります。

 未来の世界で地獄を見ていたのは、高校生となっていたまりなの方でした。

 まりなは夫に出ていかれてアルコール中毒になってしまった母の世話をしながら高校に通いますが、そこで医者の息子である東とつき合うことになります。そしてそれを聞いた母親は大喜びします。

 ところが、二人で歩いているときにたまたましずかとすれ違ったのをきっかけに、東はしずかに惚れ込んでしまいます。まりなから東が離れてしまったことを聞いた母は逆上し、もみ合いになった結果、まりなは母を殺してしまいます。

 タコピーは、そんなまりなの不幸の原因であるしずかを殺すことを決意して、未来の世界から過去へと戻ってきたのです。

 タコピーは「未来の記憶」を思い出しましたが、同時にいくつもの疑問も生じました。

 ではしずかにひどいことをしたまりなや、まりなを殺した自分はどうだったのか? 自分にパンをくれたしずかを殺すのだろうか……と。

 タコピーは「助けてあげようとするだけじゃ きっと違った」と悟ります。そして「一体どうすればよかったって お前言ってんだよ‼」とつめ寄るしずかにタコピーは「何もしてあげられなくてごめんっピ でもいっつも何かしようとしてごめんっピ」と言って一緒に涙を流します。

「哀しさ」でつながる幸福

 筆者はこの作品に触れるまで本書のタイトルにもある「原罪」という考え方が好きではありませんでした。確認しようのない過去の過ちを信じこませることで人を脅し、宗教の統制に役立てるもの……筆者のもっていたイメージはこんなところです。

 けれどもこの作品を読んで、「原罪」の考え方にはちょっと別の側面があるのではないか、という考えに思い当たりました。それは「自分を自分たらしめている、まさにその要因によってほかの誰かが苦しんでいるかもしれない……そのことに私たちはもっと思いを馳せるべきではないか」というメッセージが、この考え方には含まれているということです。

 筆者はたまたま日本に生まれたおかげで、のほほんと生きることができていますが、食べるものも十分に調達できていない国が世界にはいくらでもあるし、戦闘地域に生まれていたならば安心して寝ることもできないでいるかもしれません。そこに日本の歴史がまったく関係なかったとは言えないはずです。

 もちろん、だからと言って、筆者とて戦地に赴いて人命救助に身を捧げたわけでも、不運な人々に全財産を寄付したわけでもありません。それでも、自分の自己中心的なあり方や臆病さを認めて生きていくのと、そうでないのとは少し違うと筆者は思います。

 人は他人の幸福には共感しづらくとも、哀しみには共感しやすい生き物であると筆者は思っています。そしてもしそうだとすれば、哀しみを感じるという心の働きは、人と人とを結びつけ、人を孤独から解放するきっかけにもなるはずです。

 それは、もう一つの幸福のかたちであるとも言えるのではないでしょうか。

 物語の最後では、タコピーは自分が消えることと引き換えに、もう一度二人を元の世界に戻します。そこでは、しずかとまりなは反目しながらも交流をつづけ、しずかの描いたタコピー似のイラストを目にしたとき二人の目からは不思議と涙が流れてきます。

 タコピーは二人に次のように語りかけます。「おはなしがハッピーをうむんだっピ」。

【Tips】
▼下のリンクから途中まで試し読みができます。

(本稿は2018年度より雑誌『教職研修』誌上で連載された、同名の連載記事を一部加筆修正したものです。)

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【著者経歴】
武井敦史(たけい・あつし)
 静岡大学教職大学院教授。仕事では主に現職教員のリーダーシップ開発に取り組む。博士(教育学)。専門は教育経営学。日本学術研究会特別研究員、兵庫教育大学准教授、米国サンディエゴ大学、リッチモンド大学客員研究員等を経て現職。著書に『「ならず者」が学校を変える――場を活かした学校づくりのすすめ』(教育開発研究所、2017年)、『地場教育――此処から未来へ』(静岡新聞社、2021年)ほか多数。月刊『教職研修』では2013年度より連載を継続中。

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