見出し画像

#73 教師の専門性をどうとらえるか?|学校づくりのスパイス(武井敦史)

【今月のスパイスの素】
猪谷千香
『小さなまちの奇跡の図書館』

 今回は猪谷千香氏による『小さなまちの奇跡の図書館』(筑摩書房、2023年)を手がかりに、教員の専門性について考えてみたいと思います。この本は、さびれつつあった鹿児島県指宿市の市立図書館が、指定管理者制度の導入により地元の女性たちが組織するNPO法人「そらまめの会」の手にゆだねられ、図書館界のあこがれであるライブラリー・オブ・ザイヤー(LoY)をはじめ、幾多の賞を受賞(2021年)するまでに成長した軌跡を記した本です。

猪谷千香『小さなまちの奇跡の図書館』筑摩書房

プロか素人か?

 LoYの最終選考動画がネット上で公開されていますが、動画のなかで、ある男性が次のように語っています。「図書館の持っているエネルギー、これが高くないと出会いとか意識を鮮明にするとかっていうことがなかなかできにくいですね。ここの図書館はエネルギーが高い。志の高いプロ集団がね、ここにはいるということですね。鹿児島県全体をリードしうる、そういうものを持っている」。

 ところがこの指宿市立図書館は、特別な施設設備を有していたわけでも、図書館運営の経営スキルをもっていたわけでもないようなのです。そらまめの会の中心となっていた下吹越さんもそれまで保育士をしていた方で、指定管理者の応募に当たってから大学に通い、司書教諭の資格を取得したそうです。

 本書には次のようなエピソードが紹介されています。一定以上の所得がある場合にはNPO法人にも消費税がかかることを知らず、運営開始から2年目に150万円分が不足する結果となり、仕方なく3年目に職員の減給で対応したとのこと(57頁)。

 なかなかの素人ぶりです。

 それでも、そらまめの会は「なくてはならない図書館」(67 頁)になろうと工夫を重ねていきます。館内の吹き抜けにガーデンパラソルやリクライニングチェアを配置して明るい雰囲気を演出し、「出張おはなし会」や「セミの羽化観察会」を開催したり、敷地内でサツマイモ栽培をしたりして子どもの心を惹きつけ、図書館にない資料もレファレンス係員が一緒に探すなどの草の根的な努力で利用者に寄り添い続けます。

 果てはクラウドファンディングで1千万円を超える資金を調達し、移動式のブックカフェ車両まで購入できたことが本書には記されています。

 鹿児島弁で「粗野、大胆にして楽天的で天真爛漫なもの」を「ぼっけもん」と言うそうです(44頁)が、まさにそうした「ぼっけもん」の意気でそらまめの会の方々は図書館という場所づくりに取り組んできた様子が本書からは伝わってきます。

教師の専門性再考

 「専門職」の考え方は、医師、弁護士、牧師等、特定の知識や技能を持った人々の職能資格のあり方を考えるところから始まりました。このイメージに引きずられるためか、「専門職」というと、その土台にあるのはパッケージ化された一連の知識・技能であり、仕事への姿勢や人間関係などは一種のオプションであるという印象を受けがちです。

 ところが本書のなかで光が当てられているのは、こうした専門性とはある意味で対照的な「場所づくりのプロ」としての図書館職員のあり方でした。そらまめの会にゆだねられる以前から市民図書館の運営に尽力してきた方の言葉が本書には紹介されています。

 「行政職員は、説明はする。説明はするけど、寄り添わない。遠くから語るだけです。それでは、図書館のプロにはなり得ないわけです」(100頁)。

 しかしこの「場所づくり」という働きを、知識・技能の面から定義することは困難です。というのも、場所づくりに必要なのは人間関係のつくり方や空間の雰囲気など、環境や仲間によって求められることの異なる、多分に文脈依存的な性質を持つ「ソフトスキル」であるからです。

 では学校の教師はどうでしょうか。教育に関する法制度や学習指導要領の理解、板書や発話の技術など、その専門性を知識・技能として定義できる側面は確かにあります。

 もう一方で、「場所づくりのプロ」としての側面も併せ持っているのが学校の教員という専門職の特徴です。教室の雰囲気づくりや教員と児童・生徒、保護者との人間関係、休み時間や放課後の子ども同士の交流といった事柄も学校づくりには欠かせません。

 これらは相反する二側面というより、相互補完的な関係ととらえるべきでしょう。教室に温かい空気が漂ってないときには授業中に上がる手の数は減り、空間に笑いがなければ子どもたちがみんなで創造力を発揮し合うことはむずかしいでしょう。

 そして、この場所づくりに長けていることこそが、これまでの日本の教員の最大の強みだと筆者は思っています。

 しかし今後は、このバランスを維持することが困難になっていくのではないかと筆者は懸念しています。教員育成指標や研修プログラム、評価基準等により教員の専門性を定義し、客観的な指標により測定しようという動きが強まっているからです。

 このこと自体は一定程度は必要なことでもあるのですが、結果として知識・技能として定義しやすいハードスキルが強調される一方で、場所づくりのようなソフトスキルはおざなりになる可能性があります。

 アメリカの哲学者ドナルド・ショーンは、教師の専門性について、「技術的熟達者」に対置させて、自らの実践をふり返りつつその行為を高めていく職として「省察的実践者」と呼びました。

 これからの時代の教員の専門性とはどのように定義され、また深化させうるのか……こうした議論が今こそ必要なのではないでしょうか。

【Tips】
▼指宿市立図書館・NPO法人「そらまめの会」のライブラリー・オブ・ザイヤー(2021年)の最終選考用動画です。

(本稿は2018年度より雑誌『教職研修』誌上で連載された、同名の連載記事を一部加筆修正したものです。)

☞月刊『教職研修』最新号はこちらから!

【著者経歴】
武井敦史(たけい・あつし)
 静岡大学教職大学院教授。仕事では主に現職教員のリーダーシップ開発に取り組む。博士(教育学)。専門は教育経営学。日本学術研究会特別研究員、兵庫教育大学准教授、米国サンディエゴ大学、リッチモンド大学客員研究員等を経て現職。著書に『「ならず者」が学校を変える――場を活かした学校づくりのすすめ』(教育開発研究所、2017年)、『地場教育――此処から未来へ』(静岡新聞社、2021年)ほか多数。月刊『教職研修』では2013年度より連載を継続中。

いいなと思ったら応援しよう!