・今日の周辺 2024年 『積ん読の本』と本棚整理中……
○ 今日の周辺
坂口恭平『cook』。最寄りの書店でいい本、見つける。鬱と並走する人のための料理本。
全編えんぴつの手書き文字、特別でない写真たち、いいな、と思って手に取る。私の納得、達成感によってOKになる日々の大切さ。日常のどこかに自治できる領域を持つこと。
坂口恭平さんの本は読んだことないけど、様々なアプローチを持って本を出版され、それぞれが身軽でありながら一人ひとりに向き合ってくれる、そんな印象。
ちょっと欲しいかも、と思いつつ今日は棚に戻す。
○ 『積ん読の本』と本棚整理中……
石井千湖さん『積ん読の本』、長らく品切れしていたようで第2刷でようやく書店で購入(それでも品薄でした)。
書店員でライターである石井千湖さんが、12人の「積ん読名人(帯より引用)」の自宅を訪問し、インタビュー形式で紹介していく積ん読についての本。本棚の写真が多く掲載されているのが嬉しいところ。
柴崎友香『あらゆることは今起こる』に書かれていた本棚の話がこちらでも紹介されていて、「廊下の本棚」の写真も掲載されています。さらに、雑誌『ダ・ヴィンチ(2024年10月号)』内のコーナー「本棚探偵」でも柴崎さんの本棚について特集されていて、合わせて読むと面白いです。
管啓次郎さんの章、読み込んでページが外れてしまうほどにボロボロになった洋書の写真を目にしたとき、題を付けてまとめられた本も元はこのように断片的に見聞きした情報の一つひとつだったのだ、と一冊の本として落とし込まれる前の情報や出来事だった形を持たない本の要素みたいなものに思いを馳せる。
自炊(本を裁断しスキャンしてデータ化すること)や電子書籍と、紙の本の性質の違い、本そのものとそこに収められた情報の引き出し方の違いによって、電子書籍は些細なところで手間がかかったり、全貌を把握しにくかったりと、本は紙派の私も同意するところがたくさんあった。
紙の本の手触りや重さなどの物理的な性質と人の認知能力との関わりについて話す山本貴光さんの章をおもしろく読む。人と本とはおそらくそういった物理的な情報量が結びつけているところが強く、それらを手がかりにして人は本を手に取ったり、積ん読の中から思い出したりするのだろうけれど、最近は子どもを含む多くの人がタブレット端末からさまざまな情報を得ているわけで、そのUIやUXがしっくり定着すれば本は紙派、というのも忘れられていく感覚になっていくのだろうか……、と考えたら少し寂しい。数冊ではあるけれど、紙屋へ出かけて、印刷所の方と相談をして本を作った経験があるので尚さら。一冊の本の忘れられない色の組み合わせや背表紙と文字の雰囲気、めくった紙の質感、情報の並び方の記憶ってある。
そう思ってつまみ食い的に気軽に手にすればいい、とも取れるし、何度読んでも読み終わったりするものじゃない、という本の底知れぬ奥深さを示す言葉とも取れる。どちらにせよこの捉え方ってすごくいいなって思う。一冊の本の中に定量化できない時間とその可能性が潜んでじっと待っている。
小川公代さんの本を精読する際の付箋の色の使い分けには驚いた。それぞれの方がそれぞれに本にまつわる仕事をされていることで、本の収納だけでない文字情報の扱いの工夫にも輝きがあって羨ましさを覚える。
『積ん読の本』で紹介されていた方々の本棚を見たところで新たに購入した本棚を組み立てて本棚整理……、読み途中の本に手を止めながら、ぽつぽつ紹介していきます。
『太陽諸島』で完結した多和田葉子さんの最新三部作。
POOLさんの装画の文庫版で買い始めてから、単行本の装丁も素晴らしいことを知った。彗星菓子手製所という和菓子屋さんの菓子の写真が表紙を飾っており、「装菓」というはじめて出会う言葉で紹介されているのも言葉遊びを操る多和田さんと親和性高い感じする。
大江健三郎さんが亡くなられた際に出版された『総特集・大江健三郎 ユリイカ増刊号』と同じタイミングで購入した『大江健三郎 往復書簡 暴力に逆らって書く』。大江健三郎作品もまとめて読みたい気持ちがあるけれど、エッセイや往復書簡などの本人に近い領域から徐々に創作に足を伸ばしていきたい。エドワード・サイードとの往復書簡が収録されており、気になって購入した1冊。
森泉岳土さん『仄世界』、『うと そうそう』。
たった今描かれたかのような、生っぽい炭の線が好きです。
読み終えたあとでふと消えてしまいそうな、それでいて心の隅に不思議と残るようなどこにも整理されない短編を収めた2冊。
百年の孤独、読んでない(池澤夏樹さんの読み解きキットまでプリントしたのに)。
「『ユリシーズ』とか『失われた時を求めて』みたいな長編大作を読むのは入院したとき(か刑務所に入れられたときのために取っておけばいい)」という冗談混じりの話をしてもらって笑ったのを思い出しながら、そういうことにして取っておいている(ことにする)。
本は読了順に並べています。なんとなく関心の移り変わりに伴って連なるので、後々辿ることができる記録的な役割も果たしている。隣り合う本の高さがでこぼこするのも良しとしています。
今回は活字の本と、図録や美術関係の書籍とを別の本棚に整頓すべく本棚を新調して整理しました。本を手に取りやすくなり大満足。
ここから2、3年くらいはこの本棚で収まってくれると想定して、基本的には読める量の本を買って、収めていきたい。
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Podcast『夜ふかしの読み明かし』を聞いてから、他者との読書体験の共有ってこんな感じなんだ、と本の自分のものだけでない共有するものとしての具体的なイメージがひとつ自分のなかにできて、読むことの楽しさが殻を破り出た感じがある。
元々はひとりっきりでしか何もできない状態の自分が寝ること以外の何かをするために手伝ってもらうものとしての本だったけれど、ひとりの時間だけでない読書の可能性がまだまだあるなと、噛んでも噛んでもまだ味がするの状態。